森岡浩之「突変」感想(ネタバレ有り)

突変 (徳間文庫)

突変 (徳間文庫)

関東某県酒河市一帯がいきなり異世界に転移(突変)。ここ裏地球は、危険な異源生物(チェンジリング)が蔓延る世界。妻の末期癌を宣告されたばかりの町内会長、家事代行会社の女性スタッフ、独身スーパー店長、ニートのオタク青年、夫と生き別れた子連れパート主婦。それぞれの事情を抱えた彼らはいかにこの事態に対処していくのか。異様な設定ながら地に足のついた描写が真に迫る、特異災害(パニツク)SF超大作!

異世界にいきなり放り込まれる系SF。


ある時期から、ある程度の広さの地域が消失し、かわりに現在の地球とは全く異なる凶暴な生態系へ置き換えられるという「突変」現象が発生するようになった世界。元々存在していた場所は、その全く異質な生態系を持つもう一つの(おそらく平行世界上の)地球に存在する同じ地域と置き換えられてしまうと推定されています。
S・キング「霧」( スケルトン・クルー〈2〉神々のワード・プロセッサ (扶桑社ミステリー) 収録)あたりとシチュエーションは似てるかもしれない。


過去に人口密集地(関西圏中核部とか)がまるごと「突変」してしまったこともあり、それなりの規模の人口・産業基盤が「突変」先の地球上に存在し、社会を維持している可能性はあります。ただし、その平行世界と連絡を取る方法は全く存在していないため、「突変」先の世界でどのような社会が築かれているのかは全くわかっていません。

この「突変」現象は現実世界でいうところの巨大地震のように、稀にしか発生しないものの防ぎようの無い天災として認識されています。なので市役所レベルで外の地域と切り離されることを想定した非常食糧が備蓄されていたり、「突変」先の生物へ対応するため軽火器を扱う「防除団」が組織されていたりといった行政レベルでの対策は取られていますが、かといって今日明日にも自分たちが「突変」してしまうという切迫感はあんまり有りません。

で、どうという事もない平凡な郊外ベッドタウンでの平凡な日常の中で「突変」現象が発生し、否応なく異世界でのサバイバルが始まることに・・・・・・

面白いのでオススメだけど、ちょっと気になる点もあるので以下ネタバレ。

続きを読む

javaScriptとノーブレークスペースについてあれこれ

ノーブレークスペースについて

ノーブレークスペースってなんぞやというと、Web系の人にとってはお馴染みなはずの実体参照" "で表示される空白文字です。Unicode符号は0x00A0。
通常の半角スペース文字は0x0020なので、見た目は同じ空白文字でも実態は違う文字です。

細かいことはwikipedia参照。
ノーブレークスペース - Wikipedia

何でこんな事を書いてるかというと

<!DOCTYPE html>
  <html>
    <head>
      <meta charset="UTF-8">
    <head>
  <body>
    <div id="example">This&nbsp;is&nbsp;a&nbsp;pen</div>
  </body>
</html>

というhtmlに対して

var acutualText = document.getElementById("example").textContent;
var expectedText = "This is a pen";
assertEquals(acutualText, expectedText);

みたいなテストを書いてて通らなかった事がきっかけ。

見分け付ける方法

取り敢えず、文字列をユニコード符号で見てみましょう。

こんな感じのhtmlをブラウザで表示し

<!DOCTYPE html>
  <html>
    <head>
      <meta charset="UTF-8">
    <head>
  <body>
    <div id="whitespace">This is a pen</div>
    <div id="nbsp">This&nbsp;is&nbsp;a&nbsp;pen</div>
  </body>
</html>

コンソールから以下を実行

String.prototype.toCharCode = function (){
    var rtn = "";
    var myself = this;
    this.split("").forEach(function(s, i){
        var c = myself.charCodeAt(i).toString(16).toUpperCase();
        rtn += " U+" + (c.length === 2 ? "00" + c : c);
    })
    return rtn.length > 0 ? rtn.substr(1):"";
}

//ホワイトスペース区切り文字列
var whitespace = document.getElementById("whitespace").textContent;
//ノーブレークスペース区切り文字列
var nbsp = document.getElementById("nbsp").textContent;

console.log("ホワイトスペース(U+0020)区切り:   " + whitespace.toCharCode());
console.log("ノーブレークスペース(U+00A0)区切り: " + nbsp.toCharCode());

結果はこんな感じ

ホワイトスペース(U+0020)区切り: U+0054 U+0068 U+0069 U+0073 U+0020 U+0069 U+0073 U+0020 U+0061 U+0020 U+0070 U+0065 U+006E

ノーブレークスペース(U+00A0)区切り: U+0054 U+0068 U+0069 U+0073 U+00A0 U+0069 U+0073 U+00A0 U+0061 U+00A0 U+0070 U+0065 U+006E

太字強調した部分は区切り文字ですが、ちゃんとノーブレークスペース文字が"U+00A0"として取得出来ている事が分かります。

空白文字の違いなんかどうでもいいからさっくり文字列比較したい

正規表現の"\s"はホワイトスペース文字(U+0020)だけに限らず空白文字全般にマッチするので、String.prototype.replace()を使ってホワイトスペースへ置換するのが一番手っ取り早いかと。

例:

//ホワイトスペース区切り文字列
var whitespace = document.getElementById("whitespace").textContent;
//ノーブレークスペース区切り文字列
var nbsp = document.getElementById("nbsp").textContent;

var nbsp_replaced = nbsp.replace(/\s/g, " ");

console.log("ホワイトスペース(U+0020)区切り:   " + whitespace.toCharCode());
console.log("ノーブレークスペース(U+00A0)区切り: " + nbsp.toCharCode());
console.log("置換後: " + nbsp_replaced.toCharCode());
console.log("置換後に一致するか? " + (whitespace === nbsp_replaced));

結果はこんな感じ

ホワイトスペース(U+0020)区切り: U+0054 U+0068 U+0069 U+0073 U+0020 U+0069 U+0073 U+0020 U+0061 U+0020 U+0070 U+0065 U+006E

ノーブレークスペース(U+00A0)区切り: U+0054 U+0068 U+0069 U+0073 U+00A0 U+0069 U+0073 U+00A0 U+0061 U+00A0 U+0070 U+0065 U+006E

置換後: U+0054 U+0068 U+0069 U+0073 U+0020 U+0069 U+0073 U+0020 U+0061 U+0020 U+0070 U+0065 U+006E

置換後に一致するか? true

ノーブレークスペース(U+00A0)が全てホワイトスペース(U+0020)へ置き換えられ、文字列比較も一致することが確認できました・・・と、ここまではChrome上での話。

ブラウザごとのノーブレークスペースの扱い

jsでテキストノードの値を取得するには、大抵textContentかinnerTextを使うかと思いますが、各ブラウザごとにノーブレークスペースの扱いがどうか見てみましょう。

Chrome Firefox IE11
textContent 0x00A0 0x00A0 0x00A0
innerText 0x00A0 (innerTextは未サポート) 0x0020


IE11ではinnerTextでテキストを取得した時に、ノーブレークスペース("0x00A0")がホワイトスペース("0x0020")として取得されます。textContentがサポートされたのはIE9以降(参照
Node.textContent - Web API インターフェイス | MDN
)となるため、textContentが使えないレガシーIEでノーブレークスペースをノーブレークスペースとして扱うのは手間がかかりそう(innerHTMLで文字列"&nbsp;"として取るか)。

「エリア51 世界でもっとも有名な秘密基地の真実」感想

エリア51 世界でもっとも有名な秘密基地の真実 (ヒストリカル・スタディーズ)

エリア51 世界でもっとも有名な秘密基地の真実 (ヒストリカル・スタディーズ)

「NYタイムズ・ベストセラー・リスト」に11週連続でランクインした全米ベストセラーが日本上陸! エリア51の知られざる数々の事実、核や人体実験などアメリカ軍事史の闇に迫る渾身のノンフィクション! ◆「エリア51」はUFO墜落・宇宙人の遺体回収で知られる「ロズウェル事件」の舞台として世界的に有名だが、実際はネヴァダ州の砂漠地帯にある米最高機密の軍事施設である。衛星写真でも隠せないほど広大な基地にもかかわらず、いまも当局は存在を伏せている。 ◆ジャーナリストの著者は、ふとしたきっかけからエリア51で働いていたという人物と知りあい、取材を開始。以後、基地に勤務していた20人近い関係者、プロジェクトに関わった50人以上の科学者、基地近郊の30人を越える居住者などからの証言を得て全容解明に挑戦。その結果、冷戦下の軍事秘史が明らかになった。 ◆貴重なモノクロ写真を約60点収録

学研「ムー」矢追純一UFOスペシャル方面で常に注目を浴びてきた、世界で一番有名な(でも具体的に何をやってるのかさっぱり見えてこない)秘密基地「エリア51」についてのノンフィクション。

まあ、第二次大戦後のドイツから(倫理的にヤバい研究してた人を含め)科学者・技術者をかき集めてきた「ペーパークリップ」作戦、秘密核実験、U-2偵察機の開発、ソ連上空偵察飛行作戦、A-12オックスカート偵察機SR-71ブラックバードのCIA版)開発、偵察機開発を巡る空軍とCIAとの綱引き、核戦争を想定した極秘生体実験、熱核推進ロケット開発、ロズウェル事件の真相等等・・・エリア51とは直接関係無い話も入ってますが、冷戦の「闇」の部分を関係者の豊富な証言を元に再構成してみたという感じの本です。

ただまあ引っかかるのはやはり"ロズウェル事件の真相"(と著者が主張している)話でして。
ソ連ホルテン兄弟の設計にヒントを得て開発した超絶技術の飛行機(空中静止可能で、アメリカ本土まで飛べるほど航続距離が長い。ホルテン兄弟ってそんな超絶技術持ってたっけ?)に生体改造されたパイロットを載せてネバダくんだりまで飛ばしたが結局は墜落し、エリア51に収容されたって話なんですがね・・・著者は「アメリカとしては米本土にソ連機の侵入を許したと認める事が出来なかったし、そもそも自分たちも相当胡散臭いことをしていたから藪蛇にならないように口をつぐんだのだ」と言ってますが、どうにもこうにも、不合理な点を全てソ連スターリンに押し付けただけという感じがします。
普通に考えれば、当時の技術水準を大幅に凌駕しているような貴重な機体を、わざわざ米本土まで飛ばして墜落させたりとかしたらソ連側では政治的大事件になっていたでしょう。それに、後の「スターリン批判」の流れで格好のネタになったはずです。著者的には「いや墜落したことも含めて高度な心理作戦なんだよ!」と主張してますが・・・キバヤシさん乙です。
また、空中で自由に静止出来て、かつソ連領から米本土ネバダまで飛べるような機体を(研究用の一品物であっても)開発できるような技術力があれば、後の実用VTOL機Yak-38フォージャーがなんであんな残念な出来にしかなってないのかとか、合理的に考えると突っ込みどころ満載です。

まあ、"ロズウェル事件の真相"としてセンセーショナルな話を盛り込んでおけば売上的な面で有利だとは思いますが、著者のノンフィクション作家としての誠実さにはかなり疑問を感じます。ほんとうに、他の部分とは違ってこの箇所だけは、その時点での、あるいは現在の技術的・政治的動向とのつながりが全く無いんですよね。


逆にこの点さえ目をつぶれば、当事者の証言による冷戦の裏面史という内容は素晴らしいんですが・・・でも何処まで信用できるのかなあ。
どう考えてもおかしな話を混ぜ込むこと自体が著者による「この本に書かれていることは全て疑え」というメッセージなのだという読み方も可能とは思いますが、その手の陰謀論まっしぐらな読み方はあんまり好きじゃない。

遠藤周作「ブラック大名家に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」………じゃなくて「反逆」感想

反逆(上) (講談社文庫)

反逆(上) (講談社文庫)

1度でもいい。上さまの……あの顔に……怯えの影を見たい――己れの力に寸分の疑いをもたぬ信長の自信、神をも畏れぬ信長への憎しみ、恐れ、コンプレックス、嫉妬、そして強い執着……村重、光秀、秀吉の心に揺らめく反逆の光を、克明に追う。強き者に翻弄される弱き者たちの論理と心理を描ききった歴史大作。

反逆(下) (講談社文庫)

反逆(下) (講談社文庫)

なんたる上さまの冷酷――命乞いをする幼な子の首を刎ねた信長、秀吉と光秀、2人の心理的競い合いを楽しむ信長。信長を討つことは天の道!光秀は長い間心に沈澱していた反逆の囁きから解き放たれた……。戦いの果てにみた人間の弱さ、悲哀、寂しさを、そして生き残った村重、右近らの落魄の人生を描く。

いやー、面白い面白い。荒木村重明智光秀松永久秀といった一癖も二癖もある織田家家臣が、相互不信と嫉妬、信長への愛憎、「毛利なら、毛利ならきっと何とかしてくれるはず!」という希望的観測、そして何より信長から「使い捨てされる」ことの恐怖に振り回されて反逆にへと至る心理描写が素晴らしい。
また、反逆に至らないまでも腹に一物ある豊臣秀吉や、裏表無くまっすぐ生きようとしても周囲の事情により色々と抱え込んでしまう高山右近、あるいは歴史に名を残すこと無く消えていった人々の悲壮な思い等の描写についても、中々面白く描かれています。

で、上で書いた"「使い捨てされる」ことの恐怖"なんですが、この辺は

信長と消えた家臣たち―失脚・粛清・謀反 (中公新書)

信長と消えた家臣たち―失脚・粛清・謀反 (中公新書)

でも、反乱を誘発した要素の一つではないかとされており、フィクションの"味付け"として読み流すには勿体無い視点だと思います。

で、人材使い捨てといえば昨今のブラック企業問題ですが、いやほんとに当時の人から見たら「ブラック大名家」だったんじゃないですかね織田家って。まあ、他の勢力が今日的な意味で「ホワイト」だったかって言うとかなり微妙だと思いますが。

「よーく考えよ~実験ノートは大事だよー」ってミリカンさんが言ってた

一連の研究不正事件で参照されることの多い「背信の科学者たち」ですが、復刊が決定したようです。

背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?

背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?


「背信の科学者たち」は理系研究でのデータ捏造・恣意的なデータ操作・研究不正についてまとめた古典であり、是非抑えておくべき本ですが、書かれたのが今から30年以上前(1982年)ということで、内容が古くなっている部分がありました。


例えば、今手元にある化学同人から刊行されたハードカバー版では、ミリカンの油滴実験について恣意的なデータ操作による不正が行われていたと書かれています。しかし、最近は恣意的なデータ操作は行われてなかった説の方が有力なようです。

恣意的なデータ操作は行われてなかった説の大本は、David Goodstein 「In Defense of Robert Andrews Millikan」のようです。取り敢えず、「背信の科学者」内でのミリカンの油滴実験についての記述と、"In Defense of Robert Andrews Millikan"の概略をまとめます。

「ミリカンの油滴実験」について

さて、まずは疑惑の対象となっている「ミリカンの油滴実験」について。といっても自分は学部時代は化学系だったので、学生実験などで油滴実験を実際にやった経験はありません。あくまで概略程度で。

実験の目的は、「電子1つあたりの電荷量(電気素量)」を求めることです。そのための実験システムとして、まず霧吹きで細かな油のしずく(油滴)を作ってやります。それらの油滴は、重力に引かれて落ちていきますが、一方で浮力や空気抵抗(空気の粘り気により発生)によって、落下速度はかなりゆっくり目になります。
さて、それらの油滴のいくつかは空気中から電子を取り込んだりして帯電します(X線を当てて強制的に帯電させるような実験方法もある模様)。通常、帯電していようが無かろうが、落下速度に影響はありません。しかし、油滴が電界(電荷が引っ張られる場)の中にいる場合にはどうなるでしょうか?重力。浮力、空気抵抗以外に、油滴に含まれる電荷が電界で引っ張られます。例えば+極が上に来るような電界を作ってやれば、マイナス電荷を持つ油滴は上に引っ張られることになり、落下速度が電界の強さに依存して減少します。
で、電界の強さを変えた時の、油滴の落下速度差を観測してやれば、油滴に含まれる電荷の総量を求めることが出来ます。詳細はWikipedia参照。

ミリカンの油滴実験 - Wikipedia

油滴の中に含まれる電荷が電子一個分に成ることはまず無く、複数の電子による電荷を含んでいると予想されます。つまり、油滴に含まれる電荷は、電子の持つ電荷の整数倍になるはずです。そこで、油滴実験のデータを解析することで、油滴の持つ電荷が「ある数」の整数倍であれば、その数が「電子一個あたりの電荷」(電気素量)となるはずです。

実際に観測される値や。電気素量の検証方法については、下記テキストで詳しく説明されています。

4011 電子の電荷(電気素量e)の測定(ミリカンの油滴実験)


ミリカンは1910年にこの実験結果を発表し、「電子一個あたりの電荷」の測定結果を発表しました。

ミリカンへの疑惑

この実験の解釈について異議を唱えたのが、フェリックス・エーレンハフトです。
1910年の油滴実験論文データにはある程度のバラつきがありました。ミリカンはそれを実験誤差と解釈していましたが、エーレンハフトは『通常の電子より少ない電荷を持つ「副電子」の存在を示している』と解釈し、ミリカンへの異議を唱えました。

この異議に答え、ミリカンは1913年に再度、よりバラつきの少ないな結果を盛り込んだ油滴実験論文を公表しました。この論文中でミリカンは「これは選ばれた油滴群ではなく、60日間にわたり連続して行われた実験の全ての油滴についての結果である」と、まあ平たく言うと良いデータだけを恣意的にチョイスした訳では無いと述べています。この"正確な"測定データによりエーレンハフトが提唱した「副電子」の存在は否定されます。エーレンハフトは独自に電気素量測定実験を継続しますが、ミリカンのようなばらつきの少ないデータを得ることが出来ませんでした。
その後ミリカンはこの実験によりノーベル物理学賞(「電気素量、光電効果に関する研究」)を受賞し、一方エーレンハフトは幻滅の余りか精神病に陥るという結末を迎えてしまいました。
で、ここからが油滴実験への疑惑なんですが、ハーバード大の歴史学者ジェラルド・ホルトンによると、ミリカンの実験ノートには「きれいだ。これを必ず発表しよう」のような私的注釈が付されており、1913年の論文では恣意的に「きれいな」データのみが選択されていた(つまり、ミリカン説に当てはまるデータだけを選択して公表していた)とのことです。

ミリカンは偽りが明らかになることを案ずる必要はなかった。ホルトンはその理由を次のように書いている。
「ノートは私的なものであった。……だから彼はデータを自由に選び……電荷理論と特定の実験によってデータを導き出した。それを彼はすでに最初の重要な論文の中でも行っていた。そしてその後、彼は発表データには星印を付けないことを覚えたのだ」

(「背信の科学者たち」p35より)

要は、観測結果から自分の理論に合わない不都合な部分を切り捨てるような、恣意的なデータ操作で論争に勝利したという疑惑です。「背信の科学者たち」では、このようなノーベル賞級のエポックメーキングな研究ですら研究不正が存在し、しかも結果オーライで見過ごされていたという実例として、ミリカンの事例が取り上げられていた訳です。

ちなみに、ミリカンの実験ノートスキャン画像がカルテクにより公開されてます。

Robert A. Millikan Oil Drop Experiment Notebooks, Notebook One - CaltechLabNotes

Robert A. Millikan Oil Drop Experiment Notebooks, Notebook Two - CaltechLabNotes

結果についてのコメントっぽいことがあちこちに書かれてますが、ミミズの這ったような筆記体で読みにくい。(あと、内容を引用する場合にはカルテクに許可取れと書かれているのでとりあえずリンクのみ)
実験結果は表形式でまとめられており、"G"の欄が電圧をかけない状態、"F"の欄が電圧がかかった状態である油滴が一定距離落下するのにかかった時間とのこと。

ミリカンへの弁護(In Defense of Robert Andrews Millikan)

さて、「ミリカンの油滴実験は恣意的データ操作」説に対する反論について。

In Defense of Robert Andrews Millikan

によると、ミリカンの実験ノートを精査したところ、確かに実験結果についての予断を持ったコメントが有ったものの、恣意的なデータ操作は行われて居なかったとのことです。
1913年のミリカンの論文では「60日間にわたり連続して行われた実験」であると述べられていますが、実際に実験ノートと突き合わせを行い、1912年2月13日から4月16日までの63日間のデータが使用されていることが確認できたとのことです。また、この期間に計測されたデータの幾つかが論文から除外されて居ることは確かであるものの、それらのデータを考慮に入れたとしても、論文の結論にはほぼ影響は無いとしています。
また、この63日間で誤差が少なかった原因として、気候条件が安定していたからではないかと述べられています。上で書いたとおり、油滴にかかる力として浮力や空気抵抗がありますが、これらは温度や湿度、気圧といったパラメーターの影響を受けます。なので、気候条件が不安定な場合、誤差が積み重なる可能性があり、逆に安定していれば誤差が減少すると。

しかしまあ、この反論についても鵜呑みにするのではなく検証していきたいところでは有りますが、実験ノートを解読する難易度が高すぎる・・・

実験ノートは大事だよー

何時、どんな実験を、どのように行い、どんな結果が得られたのかを改ざん困難な形で残してあれば、不正研究疑惑がかけられても弁護してくれる人は居るってことで。

実験ノートは超重要ってことを草葉の陰でミリカンさんも言ってる気がする(イタコ的に)。

「Xenonauts」プレイ感想(序盤)

対異星人侵略ゲームとしてDOS時代に(極一部の界隈で)一世を風靡したX-COMというゲームがありました。このX-COMの楽しさを現代向けにアップデートしたXCOM Enemy Unknownが2012年末にリリースされ、ストラテジーゲームとして非常に高い評価を受けています。

過去に書いた感想
「XCOM: Enemy Unknown」プレイ中 - ka-ka_xyzの日記
「XCOM: Enemy Unknown」感想 - ka-ka_xyzの日記

しかし、一方でX-COMシリーズの古参ファンにとっては、いくつか物足りない点がありました。例えば個人的には

  • UFOの迎撃や戦闘の発生が、コンピュータプレイヤー側の行動としてではなくランダムイベントとして与えられている
  • ゲームの展開がシナリオにほぼ沿っていて逸脱出来ない
  • XCOM基地襲撃やエイリアン基地襲撃がシナリオ固定イベント
  • 地上戦マップが予め用意されたものしか無い(拡張パックXCOM Enemy withinによりバリエーションは増えたものの、ランダム生成マップではない)
  • 地上戦闘でユニットの行動回数が固定(移動2回、移動+射撃、射撃のみ、あるいはスキルとの組み合わせで射撃2回・・・ぐらいのパターン)されていて柔軟に動けない
  • 夜間戦闘が怖くない

といった点です。まあ、初代X-COMのスパルタンな部分を広く一般向けにアレンジする上でこの辺が単純化されるのはしょうがないとは思いつつ、しかしやっぱり物足りなさを感じざる得ないといったモヤモヤした感想をもっていました。しかし、今更初代X-COMをプレイするのはやはり、DOS時代のユーザーインターフェースや画面解像度的にちょっときつい。

ちなみに、初代X-COMはSteamで入手出来ます。
X-COM: UFO Defense on Steam
Steamに掲載されているスクリーンショットを見ても、インターフェイスや画面解像度の問題が見えてくると思います。



そこで、今回取り上げる「Xenonauts」です。初代X-COMのシステムを(XCOM Enemy Withinがオミットしたスパルタンな部分を含めて)発展継承したという触れ込みのゲームです。

Xenonauts on Steam


f:id:ka-ka_xyz:20140608203748p:plain
メニュー画面のおっさん三人衆。冷戦真っ最中の1979年後半を舞台としているため、高官は全員白人男性。

地上戦闘

地上戦闘のシステムは、ほぼ初代X-COMを継承しています。行動ポイント範囲内であれば複数回の移動・射撃が可能です。また、マップはある程度ランダムに生成(とホームページに書いてますが、実際にプレイするとほぼ同じようなマップが生成されることもあり、どの程度ランダムなのか不明。)


f:id:ka-ka_xyz:20140608203827p:plain
輸送機にすし詰め状態から地上へ展開(つまり、一歩動いたらミサイルを撃ち込まれてなにもしないまま全滅という初代X-COM最大の悪夢が蘇る可能性が!)


f:id:ka-ka_xyz:20140608203958p:plain
夜間マップではフレアを投擲して視界を確保。


f:id:ka-ka_xyz:20140608204036p:plain
エイリアンを発見するも、射界が・・・


射撃線上に位置する見方への誤射や、被弾した場合の錯乱なども受け継がれています。また、被弾したユニットの周囲に存在するユニットはsupressed(制圧)状態となり、行動ポイントや能力が低下します。フラッシュバンを使ってsupressed状態を引き起こすことも可能(UFO突入時に重宝)。

あと、UFO不時着地点によっては、民間人や警官/兵士といった保護対象ユニットも登場します。

空対空戦闘

対UFO空対空戦闘は、初代X-COMから大きく変化しています。複数のインターセプターによる連携が可能となり、戦術に幅が広がっているようですが、ユーザーインターフェイスがしっくり来ないこともあってあまりコツが掴めてません。詳細は公式ホームページ参照。

Air Combat | Xenonauts – Strategic Planetary Defence Simulator

取り敢えず、格闘戦向けのF-17(F-16の対UFO改良版)を廃止して高速番長なMig-32(同じくMig-31の対UFO改良版)だけにしてしまうと小型偵察UFOに全く対応できなくなるので、複数機種を組み合わせた運用が必要そうです。

基地運営/研究/開発

このへんはもう、初代そのまんまな雰囲気。ただ、解剖については研究者をアサインする必要がなく、勝手にプロジェクトが進行する模様。


とまあ、序盤しかプレイ出来ていない段階ですが取り敢えずの感想としては、XCOM Enemy Unknownと比較するとグラフィックはかなりプアですし、ユーザーインターフェースも洗練されていません。その辺を割りきって楽しめる人にはたまらない出来ですが、一般向けするかどうかと言うと、多分無理。
スルメ的なSFストラテジーゲームを求める人や、初代X-COMの正統進化版が見たい人、「XCOM Enemy Unknownに物足りない!!!!」という人にはオススメ。

能澤 徹「コンピュータの発明」感想

コンピュータの発明

コンピュータの発明

誰しも一度は耳にしたことのある「ABC」や「ENIAC」といった歴史的コンピュータ。本書はそれらの背景や相互に与えた影響を,アーキテクチャの図解と数式を交えながら解く。「IBM 5550」などの開発に携わった筆者はその経験を生かし,合理性を判断基準にコンピュータ史をつむぎ直している。米連邦地裁から世界初のコンピュータとのお墨付きを得たABCを「機械式に近い特殊な計算機」とし,改めてENIACを技術的観点から最初のコンピュータと位置付け直す過程はスリリングでさえある。

超絶面白かったので紹介。

現代的な「コンピュータ」が成立していく過程をエンジニア目線で解説していく本です。いやまあ、コンピュータ史の本は色々とありますが、この本の特徴は徹底した「エンジニア目線」です。わかりやすさを第一とする入門書では「難しすぎる」と省略されがちで、一方で理論の解説を第一とするコンピュータサイエンス系専門書でも「その時代の技術的限界に依存しすぎていて理論の解説としては蛇足」的に省略されがちな、設計・アーキテクチャの面についてかなり突っ込んだ解説がされています。
主な内容としては、バベッジによる差分機関・解析機関から、1950年台のUNIVAC(プログラムが可能で、数学的解析だけではなく文字を扱うことができ、今日的な「コンピュータ産業」が成立する基板となったという位置付け)出現までがカバーされています。
ただまあ、著者はチューリングノイマンといった理論家については結構一刀両断的な評価を下していて、例えば

コンピュータを発明したのはイギリスの天才アラン・テューリングであるという説が数学や人工知能などを好む人たちの間で根強くささやかれている。とりわけ「テューリング・マシーン」「万能テューリング・マシーン」であるとか「すべのコンピュータは数学的にテューリング・マシーンに等価である」とかいった言葉を持ち出されると、なんとなく信憑性があるように思えてくるし、バベッジENIACなどの話を知らなければ、そんなものかと思ってしまうような気がする。(p88)

とか

こう見てみると、ノイマンの特徴は情報への間き耳の速さと、その組合せ応用にあったのではないかと思えてならない。その道で地道に新分野を開拓するような遅しい創造力を持った人物とは見えないのである。ノイマンノーベル賞フィールズ賞も授与されなかったことは、端的にこのことを物語っていると思う。(p335)

とまあこんな感じで、読んでて「うわぁ煽る煽る」と思ってしまいます。とは言え、無用に煽ってる訳ではなくて

エンジニアリングの基本は「物を作って何ぼの世界であり、作り出された物を見て評価を与えるのが基本であるように思う。
このような観点から、最も驚嘆に値するのがチャールズ・バベッジであり、もし解析エンジンを作動にまで導いていれば、間違いなく天才として後世に語り継がれた筈である。作動までは行かなかったが、その論文から読み取れる思考は本質をついた本物であり、先駆者としての格調の高いものである
(p335)

(中略)

多分こうした人々が本当のエンジエアリングを支え、発展させてきたのであって、歴史はこれらの人々に正しい評価を与える必要があろうと思っている。(p335)

と、その時代の技術的制約に縛られつつ、それでも理論を現実のモノとして形作っていったエンジニアを評価すべきであるという強い思いに裏打ちされたものとして捉えるべきかと。
あと、単に理論を軽視した本では無いです。例えば群論についてかなり突っ込んだ解説が書かれていますし、チューリングマシンについても詳細な解説を行った上でソフトウェア工学上の貢献については高く評価し、その上で現実の「コンピュータ・アーキテクチャ」とはあまり関連してないという見方を取ってます。プロジェクトX的な「理論軽視・現場の技術礼賛」本ではなく、理論は理論として重視しつつ、エンジニアリング視点から見てどうよ?っていう書き方です。

SF者向けとして

SFモノやスチームパンカー向けとしては、バベッジの差分機関・解析機関についての解説は必読ですよ。ハードウェアやアーキテクチャについての解説だけではなく、エンジニアとしての思考の過程を追うことで「何故、バベッジは差分機関を放り出して解析機関の開発を行った(行わざる得なかったのか)」という疑問への説明がされてたりします。
あと、50年台SFに出てくる「真空管満載の巨大コンピュータ」がどのようなシロモノであったのか、感覚的に理解するための資料としてもお勧め。

まとめ

まあ、「これ一冊でコンピュータ史の全てが分かる」系の本ではないです。この本だけでコンピュータ史を理解しようとしたらかなり偏った理解になると思います。また、文章もこなれてないし、読み流すにはきつい内容です。

………しかし、それらの欠点が問題に成らないほどの濃ゆい情報と独自の視点が詰まっている面白い「尖った」本です。読んで損無し。