「生科連からの<重要なお願い>」(高齢ポスドク問題についての声明)を読んで感じたモヤモヤ感をまとめてみる
↓の件について、読んでてどうにも違和感というか都合良すぎるんじゃないかなーと思ったのでちょっとモヤモヤ感を文書化してみる。
まあ、短くまとめると
"こんな状態になるとは予想できなかった"(p6) 90年代後半ぐらいからヤバイヤバイと言われ続けてたし、ゼロ年代前半には関係者ほぼ全員認識してただろ。「偉い人が何とかしてくれるはず」って目を背けてただけで。 / “生科連からの<重…” http://t.co/rPzoAYCaIj
— Ka-Ka (@ka_ka_xyz) 2015, 5月 12
って話なんだけど。
この問題についての自分の立ち位置について
これ書いとかないとフェアではない気がするので明示しますが、自分は生物系で博士後期課程に居ましたが研究に行き詰まったり将来の見込みが絶望的に思えたので結局は中退しました*1。で、もし中退してなければ、上の資料で扱われている「高齢ポスドク」に成ってたかも知れません。
なので、
「ばーかばーか、こうなるってわかってたじゃないかばーか」
的なバイアスがかかっています。予めご注意ください。
本当に「こんな状態になるとは予想できなかった」のか?
元資料 p.6「(1) 個人(本人)レベルの問題点:」から
ポスドクの平均契約年数が約 2 年(参考資料 3 より)と短いため、人生設計が難しい場合があります(結婚できない、子供が持てない等)。
(中略)
正規職員になれないのは本人の努力不足と捉える見方ももちろんありますが、正規職員へ道は上で述べたように狭き門であり、本人の努力のみでは解決が難しい状態です。また行政が新しく進めた政策でもあり、本人に職業の選択を判断するための十分な情報はありませんでした(こんな状態になるとは予想できなかった)。そのため社会全体で考えていかなければなければならない問題です。
要は高齢ポスドク問題は行政の責任でもあるので社会全体で対応してねというお願いなんですが、「こんな状態になるとは予想できなかった」という主張にはちょっと違和感があります。
2000年代初頭(現在40歳のポスドクなら24~26歳。博士後期課程に入る直前か入ってすぐぐらい。まだポスドク以外の選択もあり得た)にはこれらの問題は周知のものだったはずです。
サンプルとして、当時研究職目指してた人の間で話題になってた「研究する人生」掲示板のログからいくつかスレを抜き出してみます。
01: 名前:研究する何某投稿日:2001/12/02(日) 12:30
30近くまで大学院生、35くらいで生まれて初めて就職(運がよければ)、
しかも職場は男だらけ。。。こんなむさい男を愛してくれる女性はいるので
あろうか。諸君はどうやって彼女を見つけるのかや?漏れも今は彼女がいる
けど、結婚したいかといわれたらちょっと?だし、今後どうやったらいいのか。
結婚相談所にでもいくかな。みんなどうやってパートナーを見つけるの?
01: 名前:研究する何某投稿日:2002/04/20(土) 14:43
博士課程を終えて30近くなった人を何のケアもなく、飼い殺し、放置プレー、
追放などするのは、普通の人から見ると犯罪行為にしか思えないです。
2000年代初頭にはすでに「高齢ポスドク将来真っ暗」な呪詛が渦巻いてますね。
まあ、2ch派生系掲示板*2だし、生物系限定の掲示板という訳でもなくこんなんアテにならんだろとも思うので、次に書籍ソースを見てみます。
もともとは『実験医学』誌2000年2月~7月号の連載です、書籍版の初版は2000年10月発行。
メジャーな和文誌上での連載ということで、たぶん、当時の生物系院生だったらかなりの割合で読んでるはずです。
脱線するけど、著者の白楽ロックビル氏のサイトは色々と研究倫理関連の情報が集まっててお勧め。
白楽の研究者倫理 | ネカト(ねつ造・改ざん・盗用)・クログレイ・性不正(含・セクハラ)・アカハラ・・・白楽ロックビルのバイオ政治学
閑話休題、この本は科学政策から研究者としての個人的人生設計まで網羅されていて凄いんですが、2000年代初頭の「ポスドク人生設計」に絡む部分を(ほんの一部ですが)いくつか抜き出してみると・・・
p. 197 現役ポスドクへのインタビューから
年齢としては助教授クラスだけど助教授の募集は少ない。で、40歳前後で、もう一度ポスドクにといっても、雇うほうが敬遠します。
雇うほうは、27~8歳くらいで、自分のプロジェクトに従って夜中まで働いてくれる人を雇いたい。40歳前後の研究者は雇いたくない。それで、冗談じゃなく、ホントに40歳前後で無職になってしまいます。知り合いの40歳前後の男性でもう無職になって2年という人がいます。家にこもっているし、研究職に復帰するのは難しい。
また、ヒドイ話ですが、ポスドクが女性(主婦)だと、『収入がなくてもいいじゃない。好きな研究をしたら?』、と平気でいうボス(男性)もいたりします。(中略)
それにしても、『日本政府はポスドクをこんなに大量に増やしてど―すんだろう?』、と心配です」
要は、この頃から既に(個別事例としての)高齢ポスドク問題は存在してたってことで。
p. 223 より
あるとき、科学技術庁の若い官僚(名前は忘れた)から電話で相談されたことがある。その官僚の相談内容は、「『大学院生倍増計画』と『ポスドク等一万人計画』のお陰で、日本では博士号取得者とポスドクがドンドン増えている。その人たちをどうしたらいいでしょうか?」である。不肖・ハクラク、あきれて声が出ない。
だって、「研究者が今までの2倍必要」だから、大学院生を2倍に増やし、ポスドクを2倍に増やしたんじゃないの? 必要もないのにただ単に大学院生とポスドクをドンドン増やしちゃったの? こういう長期的人材育成は国家計画の柱でしょうが? しかし、どうやら、研究者が今までの2倍必要」かどうかではなく、まず「大学院生倍増計画」や「ポスドク等一万人計画」があったらしい。どーする、チミ。(中略)
というわけで、現在の研究者育成システムで育ってきたキミの今後の人生を、これからは国が責任もって面倒みてくれるわけではない。大学院生やポスドクのキミは研究職サバイバルゲームを“自己責任"で生き残ってネ
とかまあ、「長期的視野に立った科学政策とか人材育成計画なんてのも無いよー」と、無慈悲なまでにあっけらかんと書かれてたりします。
まとめると、15年前には既に国の科学政策はあてにならない事も、ポスドク数に対してアカデミックなポストが少なすぎる事も、一定の年令以上までポスドクを続けたらもう先が無いって事も、普通の(生物系)院生であれば知ってたよねという話です。(ついでに、博士卒者のアカデミック以外の多彩なキャリアパスの必要性についてもこの本ではかなり触れられていたり、15年後の今でも通じる凄みがある。15年のあいだ、業界全体で問題がまるごと先送りされてたんじゃないかという気もするけど…)
まあ元の声明の主張としては「ポスドク個々人の責任じゃないから社会全体で救済してね」という話なのでこの辺は書きにくいとは思いますが、かと言って
また行政が新しく進めた政策でもあり、本人に職業の選択を判断するための十分な情報はありませんでした(こんな状態になるとは予想できなかった)。
ってのはちょっと誠実では無いと思う。てか90年代ならともかく2000年代にはみんな覚悟完了した上で「有能な俺なら大丈夫なはず」って突撃してったんじゃね?
「救済措置」が有るとすれば、多分氷河期世代問題対策って形になるんじゃないかな
思うに、「ポスドク問題」って社会全体での対応が正当化されるような大問題と見なされない気がするんですよね。人数的にも誤差レベルなので社会問題化することは無いでしょうし、「そんなに高度な技能もってるんなら自分で食い扶持見つけろ」と言われたらどうしようも無い気がする。もっと言うと「高度人材だから救済が必要」ってロジックそのものが矛盾してる。
救済措置が取られるとすれば、社会的インパクトの大きな「氷河期世代」の高齢化問題への対応の「ついで」扱いになるんじゃないかという気がします。年齢的にも、長期安定職に就けないって現象的にも類似してますし、同じ枠に放り込まれる気がする。もったいない事では有るけど。
その他
あと、元の声明で出てるバイオベンチャー周りについても書こうと思ったけど、この辺については直に経験した事じゃないので迂闊なこと書けないよなーと思ったので省略。
あと(今回の声明とは直接関連無いけど)、
【帰ってきた】ガチ議論
みたいな新しい取り組みも出てきてるし、生物研究業界全体で見れば、良い方向に変わってきてるとは思う。