高野秀行「アヘン王国潜入記」感想

今度出た同著者の「謎の独立国家ソマリランド」を読む前に、ちょっと読み返してた感想をメモ。

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

ミャンマー北部、反政府ゲリラの支配区・ワ州。1995年、アヘンを持つ者が力を握る無法地帯ともいわれるその地に単身7カ月、播種から収穫までケシ栽培に従事した著者が見た麻薬生産。それは農業なのか犯罪なのか。小さな村の暖かい人間模様、経済、教育。実際のアヘン中毒とはどういうことか。「そこまでやるか」と常に読者を驚かせてきた著者の伝説のルポルタージュ、待望の文庫化。

この本が書かれた90年代後半、タイ・ラオス・ミャンマーの国境地帯は「黄金の三角地帯」と呼ばれ、世界最大のアヘン生産地として知られていました。何故そんなことになったかというと(凄く大雑把に書くと)

  • もともと国境が曖昧な地帯で、他国の中央集権支配がおよばず、少数民族による部族社会の伝統が色濃く残っていた
  • もともと寒冷な山岳地帯なので気候的にケシの栽培に適していたが、国共内戦で逃げてきた国民党軍がケシ栽培を持ち込む
  • でもって、ビルマ/ミャンマー独立時に少数民族をとりまとめたアウンサン将軍が独立後に暗殺され、少数民族への支配を強化しようとする多数派ビルマ人と少数民族との間で内戦状態に
  • タイやラオス、中国と国境を接するミャンマー北部は反政府勢力の勢力下に
  • 反政府勢力が戦費を稼ぐため、手っ取り早く換金できるアヘン栽培が促進された

というような流れ(のはずだけど自信ない)。少数民族問題による内戦がどれぐらいややこしい状況になっていたかというと、同じく90年代後半を扱った「世界の危険・紛争地帯体験ガイド (講談社SOPHIA BOOKS)」によると・・・

反政府勢力の規模は、誰が数えるかによって大きく異なってくる。下は、一握りの学の有り過ぎるせっかちな難民キャンプの住人、射殺など朝飯前のたちのわるい麻薬密輸業者、古めかしい政党、地域の軍事権力者、考え方はよいのだが装備を持っていない不足などというのから、上は、兵数2万5千以上、機甲部隊も有る装備の整った大規模な武装集団まで有る。民族的には大きく4つのグループに分類され、知られているだけでも67の部族があるが、肥沃な人口密集地に住んでいるビルマ人が多数派民族である。

というカオス。また、「ミャンマーの反政府グループ、非合法政党、反逆者グループ」として挙げられている組織がざっとこんな感じ。

全ビルマ学生民主戦線 (ABSDF)
ビルマ共産党 (BCP)
チン国民戦線 (CNF)
ビルマ民主同盟 (DAB)
カレン解放軍 (KLA)
カレン民族連合解放戦線 (KPULF)
カヤー新国土革命評議会 (KNLRC)
ワ軍マハ派
モン解放戦線 (MLF)
民族民主戦線 (NDF)
ビルマ連邦国民連合政府 (CNGUB)
パーオ・シャン州独立党 (PSSIP)
パウラン国家革命軍 (PSLO)
シャン国革命軍 (SURA)
シャン国軍 (SUA)
パーオ連合組織 (UPO)

まあざっとこういう勢力が、よく言えば群雄割拠、悪く言えば馴れ合い、あるいは北斗の拳のモヒカンヒャッハー状態でひしめき合っていたわけです。っていうかよくまとめたなこんな情報。
ちなみに「世界の危険・紛争地帯体験ガイド (講談社SOPHIA BOOKS)」はこの手の情報が数十ヶ国分まとめられてる労作。冷戦が終わり対テロ戦争が始まるまでの、一見平和だったように見えていた世界のダークサイドを一覧できてオススメ。

世界の危険・紛争地帯体験ガイド (講談社SOPHIA BOOKS)

世界の危険・紛争地帯体験ガイド (講談社SOPHIA BOOKS)

で、「アヘン王国潜入記」の著者である高野氏は、こういう混沌とした「黄金の三角地帯」についてジャーナリストとして興味を覚えますが、地に足の付かない情報を追うことに違和感を覚えます。そして・・・

そうした経験ののちに私が思いついたのは、かなり突飛なことだった。ゴールデン・トライアングル内の村に滞在し、村人と一緒にケシを栽培し、アヘンを収穫してみよう、そのうちにそこに住む人々の暮らしぶりや考えることが自然にわかるにちがいない、というものである。

なんかこー凄い。そしてこの「思いつき」を実現するためにその後4年かけて各勢力の顔役と人脈を作り、遂にワ族を中心としたワ州連合軍の上層部と接触し、滞在取材許可を得る所まで漕ぎ着けます。凄い。
ここまで書いて、上の勢力一覧表にワ州連合軍(UWSA)が入ってないことに気付いたけどまあいいや。

で、著者はワ州の中でもかなり田舎の、日本人や西洋人がこれまで入った事が無いような奥地の村へと腰を落ち着け、ケシの種まきから収穫まで、原住民(ワ族)の村で過ごすことに・・・

取り敢えず、背景情報としてはこんな感じです。

まあ、背景情報とか気にせずに読んでも、如何にして集落の中に溶け込んでいくかとか、集落内の人間模様とか、農作業の様子とか、はたまたケシの収穫後にだぶついたアヘンを吸って中毒になったりといった、秘境体験取材記としてユーモア溢れる素晴らしい内容が詰まっています。


以下、気になった点についてメモ。

中国の影響

もともと、ワ州連合軍は中国の影響を受けたビルマ共産党への軍内クーデータの結果として成立した勢力ですが、だからといって中国と仲が悪い訳ではなく、むしろ経済的にも政治的にも中国との関係が強いことが色々と描かれています。
といいうかもともとワ族は中国南部からミャンマー北部にかけて分布する少数民族だし半数ぐらいは中国側に住んでるので、中国とのつながりが切れるはずがない。
どれぐらいつながりが強いかというと、雲南省から電気買ったり中国製の弾薬使ってたりとかそういうレベルを越えて、中国の公安がワ州の中で行動してるぐらい。

また、当時はワ語が公用語とされていたのか、本書の著者が村の学校で何故か(ワ語ネイティブの子供向けに)ワ語を教えるはめになるという微笑ましいエピソードが紹介されています。また、著者に付いた通訳謙ガイドの人も、(正確さはともかくワ州政府の公式見解である)ワ族の歴史認識や民族的なアイデンティティを熱心に説く人でした。しかし、2011年に書かれた安田峰俊(というか大陸浪人のススメ 〜迷宮旅社別館〜の中の人)「独裁者の教養 (星海社新書)」によると、現在の公用語は中国語になっている模様。また、中国側の関係者から「もうワ州は中国でいいじゃないか」的な発言が出てきたりと色々キナ臭さそう。

独裁者の教養 (星海社新書)

独裁者の教養 (星海社新書)

軍事関連

流石に反政府武装勢力(というか当時は中央政府と共闘してたので親政府武装勢力)だけあって生活の中での軍事色が強く、著者が生活した村では「村長」役とはまた別に「排長」(繁体字では「排长」小隊長)と呼ばれる軍事責任者が居たりと結構生々しい。
反政府勢力の軍人って言うと伝統墨守で頭が硬そうなイメージですが、実際はそうでもなく

ワ州の村において、文明との接触はもっぱら戦争を介して行われる。兵役を通じて他民族と出会ったり、外国語(中国語やシャン語)を覚えたり、ラジカセを聞いたり、テレビを見たり、石鹸で衣服を洗うという習慣が有ることを知るのである。

とのこと。兵役経験者が案外開明主義っていう現象は実は明治初期の日本でも同じような感じで、

日本の軍隊―兵士たちの近代史 (岩波新書)

日本の軍隊―兵士たちの近代史 (岩波新書)

によると特に農村部においては軍隊が近代化の尖兵となった(言語の標準化、洋服の着用、分単位で時間を守るという概念、靴、洋食等)という指摘がされています(時代が下るにつれて近現代化への逆向という面が強さを増していきますが)。

また、村人口の約10%が徴兵されてるという推定や、徴兵経験の無い成人男性がごく少数という記述を読むと、かなり末期戦的な印象です。ただ、農業生産は食用農産物に加えてケシも生産しなければならない(アヘンの現物納税システムなので食用農産物だけを作る訳にはいかない)ものの、食料生産については破綻してなさそうです。つまりは未だ根こそぎ動員っていうところまでは行っていないとも読めます。
前近代社会にどれぐらいの兵役動員能力があるかとか、そういう話と絡めることも出来そう。

J・P・ホーガン「時間泥棒」感想

エンデかと思った?残念ホーガンでした(いや全然残念じゃない)。

時間泥棒 (創元SF文庫)

時間泥棒 (創元SF文庫)

あらすじ

ニューヨーク中で時間が狂い始めた。時計がどんどん遅れていくのだ。しかも場所ごとで遅れ方が違う。この異常事態に著名な物理学者が言うには、「異次元世界のエイリアンが我々の時間を少しずつ盗んでいるのです」!? エイリアンだか何だか知らないが、時間がなくなっていくのは本当だ。大騒動の顛末は? 巨匠が贈る時間SFの新機軸!

こういう話だとどうしても物理学者とかが主人公になりがちで、一般読者が置いてかれがちになってしまいますが、本作の主人公は物理とは縁のないNY市警の刑事。何で刑事が「場所によって時間の流れが狂う」なんて現象を調査しないといけないかって?

物理学者が『エイリアンが時間を「盗んで」いるんだよ!』とかぶちあげちゃって、お偉いさんが

ナ ナンダッテー!! (ドンビキ)
 Ω ΩΩ

となり、盗みなら刑事課の仕事ということでお鉢が回ってきたというなんとも情けない理由。で、当然刑事課にそんな仕事を振られてもどうしようもないけど仕事として何もやらない訳にはいかず、半分ヤケになって自称超能力者やら哲学者やら司祭やらへとアテのない聞き込みに回るうちに思わぬところで発想の転換が起きて解決へのブレイクスルーが…と言う流れ。
時間が遅れることによる影響や、そのような場合にどんな現象が観測されるかという描写(たとえば、強烈に時間が遅れている場所の周辺で「赤い霧のようなもの」が見える。なぜかというと、時間の速さが遅れた分だけ光の波長が長くなり、局所的に赤方偏移して・・・とか)が読みどころ。なんというか、バカSF的な大ぼらを支えるディテイルが凄いハードSFチックな。

ネタバレにはなりますが、この現象を人類視点から見ると『コンピュータのような単純な情報処理を繰り返す場所を好み、「時間を(文字どおり)食う、知性を持たない虫(あるいは害獣)」が繁殖している』というアナロジーにあてはまり、それにそって対応することで何とか切り抜けることができています。しかし、本当に知性を持たない虫だったのかっていうとそれは人類からは検証できず……たとえばグレッグ・イーガン「ルミナス」(「ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)」に収録)のような全く異なる公理系を持つ宇宙からの干渉っていう可能性もある訳です。検証できないけど。
あと、長さ的に短いので色々と空想の余地があります。今回は単純な情報処理系に群がってたけど、たとえばヒトの中枢神経系の情報処理パターンを好む「虫」が現れたら詰むな……とか。あるいは、時間の流れに強い傾斜が発生している状況で、たとえば大脳の左端と右端で時間の流れが10倍ぐらい違ってしまった場合に思考への影響が大きそうとか、情報処理系としての大脳がクラッシュしてしまうんじゃないかとか(谷甲州「星空のフロンティア」(「仮装巡洋艦バシリスク (ハヤカワ文庫 JA (200))」に収録)で似たような描写があったな)。

こういう、読んだ後で思弁の余地というか妄想の余地がたっぷり残っているところもこの作品の魅力。

ジロミ・スミス「空母ミッドウェイ」紹介

空母ミッドウェイ―アメリカ海軍下士官の航海記

空母ミッドウェイ―アメリカ海軍下士官の航海記

異国の港「ヨコスカ」を母港とすること18年―退役まで1度も本国に帰ることのなかったベテラン空母のすべて。冷戦下の日本海から、湾岸戦争時のペルシャ湾まで日米ハーフの下士官が見たアメリカ海軍最前線。

70年代から横須賀に配置されていた空母「ミッドウェイ(CV-41)」で'80~'90年台に勤務していたヘリコプター整備班の下士官による体験記です。
この本の読みどころは何かというと、現代空母での生活感溢れる整備班についての描写。逆に普通この手の話題で主役になりそうな艦載機の搭乗員については殆ど描写が無いです。

空母の日常

現代の米空母は数数千人規模のクルーを詰め込んだ「浮かぶ城」ならぬ「浮かぶ街」な訳で、その「浮かぶ街」の日常が面白おかしく時にはシリアスに描かれます。
たとえばこんな風に

このように、ハンガー・ベイ(引用注:格納庫甲板)のあっちこっちで、機体が移動されたり整備が行われている中を、機体と機体の間を縫ってジョギングしている奴がいた。あの格好は……、将校?不思議と、将校は風貌がわれわれ下々の者とはちょっと違っていて、たとえばジョギングウェアーでも何となくそれと分かる。肌が綺麗で髪が整い、無意識のうちに気取っているのか……。きっとそのように訓練されているのだろう。
さらにベイの隅っこでは、少しばかりのスペースに陣取って、太極拳をやっているグループがいた。なかなか様になっている。
ギターを弾きながら歌っている奴。ファン・テール(艦の最後尾)では、海に向かってトランペットを思いっきり吹いている奴も居る。
ミッドウェイ乗組員四五〇〇人。それぞれいろいろな時間帯の任務があり、GQの訓練や火災訓練以外の時は、空母の格納庫は一日中、一晩中、仕事をしている者、リラックスしている者でいつもこんな感じである。

また、組織には部署間や個人での微妙な力関係や反りが合うの合わないのといった、公的なデータから見えてこず皮膚感覚でしか捉えられない話題も当然存在します。
著者はヘリ整備部門に所属し、その中でも機体整備を行う作業班"AFショップ"の責任者。もちろん機体整備以外にもAD(エンジン整備)ショップやAO(武器)ショップなど色々と有るわけですが、AFショップな人は電子部品周りを扱うATショップとあんまり反りが合わなかったりというエピソードが紹介されてます。たとえば着任早々、部下と一緒に関連ショップのあいさつ回りをした時にこういう会話が出るぐらい。

「ダニー、どんな感じだい、うちのAT達は」
「ATはどこいったってATだよ、ボス」
「そりゃそうだ。期待するだけ無駄だな」

この他にも

  • 夜中だろうとトイレ中だろうとサイレンがなったら即強制参加のGQ(総員配置)訓練
  • 食品持ち出し禁止な艦内食堂からサンドイッチをちょろまかしてフライトデッキへ持っていくテクニック
  • 45日ごとに行われるお祭り「スチール・ビーチ・イベント」でのビール券トレード模様
  • 寄港時に手回り品の荷降ろし順序をめぐる攻防(責任者は荷降ろしが終わるまで待ってないといけないんで必死)
  • アダルトビデオは部隊内で回し見するが帰港時の保持者は必ず焼却処分しなければならないという鉄の?掟

といったまあ普通の体験記だと出て来ないような話が色々と。

フライト・オペレーション

空母といえばもちろん飛行機を飛ばしてナンボな船な訳ですが、"フライトデッキで飛行機を飛ばしている連中の役割"として列挙されてるのが

「キャプテン」、「XO(副長)」、「CAG(空母航空団司令)」、「エア・ボス」、「ミニ・ボス」、「ハンドラー」、「スヌーピー」、「シューター」、「LSO」、「LSE」、「ボースン」、「FDC」、「セーフティー」、「プレーン・キャプテン」、「トラブル・シューター」、「メインテナンス・コントロール」、「グレープス」、「イエロー・シャツ」、「ブルー・シャツ」、「レッド・シャツ」、「SAR」

とまあ、「飛行機を飛ばす」といってもパイロットが操縦桿を握って離陸するためには(飛行甲板の上だけでも)こんだけの人達ところ狭しと駆けずり回るわけです。で、これらの役割に寸評が付いていてこれがまた

スヌーピー チーフ。ハンドラーの子分。常にハンドラーの横にいて、ハンドラーから受けた指示を無線や電話を使い、艦載機部隊の連中に指示を出す。部隊とハンドラーの間に挟まれ辛い仕事だが、昇進は約束されたようなもの。スヌーピーに嫌われると部隊の運営に支障をきたすので、言動に要注意。時には手土産(ドーナツ、焼きたてのパン、よく冷えたコーラなど)持参で挨拶に行く。

とか

「FDC」 緑色ジャージ。フライト・デッキ・コーディネーター。チーフ。艦載機部隊から、昼間、夜間、それぞれ一人フライト・デッキに上がり、個々に記載されているすべての連中と連絡を取り合い、部隊のフライト・オペレーションを仕切る。肉体労働。常に怒鳴り散らされる。部隊の生贄。

とか生々しい。ちなみにいくつかの役割には「寝ない」という恐ろしい属性が。
まあ、こういう楽しい部分だけではなく、危険と隣り合わせなフライトデッキ上の作業とか生々しい着艦事故の光景とか、80年代の対ソ連哨戒任務、91年の湾岸戦争での実戦経験等の経験者としての描写なども興味深いです。

まとめ

機動警察パトレイバー」の整備班回が好きな人は読んで絶対に損は無いはず。

ながいけん「第三世界の長井」感想(というか、「ながい閣下とわたくし」)

第三世界の長井 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

第三世界の長井 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)


第三世界の長井 2 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

第三世界の長井 2 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

オビにデカデカと「ながいけん上級者編」と描かれた本書は本当に取っ付きにくいというかどう紹介したらいいか本当に分からないというか・・・・


とりあえず、どんな作家でどういう作風なのか、とか「第三世界の長井」についての紹介は下記の記事を見たほうが理解が速いと思う。

ながいけん閣下『第三世界の長井』に絶句(エキサイトレビュー) - エキサイトニュース ながいけん閣下『第三世界の長井』に絶句(エキサイトレビュー) - エキサイトニュース
(というか、この作品について上手いことツボを突いたまとめが出来るって凄いよなー。ちなみに自分は雑誌掲載時に2回目ぐらいでついて行けずに放り投げたクチ。)


ただ、この作品については面白いと思う反面、素直に喜べない部分もあってモヤモヤしているが、それを端的に説明するのは難しい・・・なので、まずはながいけん読者としての自分史を語ってみることにする。

ながい閣下とわたくし

さて、時は1980年台後期。小学校高学年ぐらいだった自分にある転機が訪れる。と言うかなんというか、姉がアニメ系にはまり込み、子供部屋の本棚に「ファンロード」、「月刊OUT」、「アニパロコミックス」、あと聖闘士星矢の一輝×瞬の薄い本といったオタクコンテンツが潤沢に供給されるように成ってしまった訳だ。ちなみに小学生男子に薄い本は結構キツかったことは付記しておく。ていうか濃いよ!濃すぎるよ!!何でアニメージュとかあの辺で止まらなかったんだよ!!!

とは言え、この辺からハヤカワ・創元SFにハマり込んだり(思えば谷甲州「航空宇宙軍史」シリーズを初めて知ったのはOUTの読者投稿コンテンツだった)、小林源文氏を知ってミリタリー系にハマり込んだりしたので、実は今の自分の趣味はほぼ全てこのへんが源流だったりする訳だ。頭痛い。

さて、ながい閣下に話を戻そう。
今は知らないが当時のファンロードには「水色ページ」という読者投稿・セミプロ作家掲載枠があり(この辺はWebで確認しながら書いているが、結構記憶が曖昧)、そこにはたまに物凄い激烈なギャグ作品が掲載されていた。

その子供心に「なんかこー、こいつらそこいらの少年漫画ギャグ作品とは一味も二味も違う!」と思わせた作品群の、作者の一人は嵐馬破天荒氏(その詳細については「嵐馬破天荒の世界」を参照)、そしてもうひとりがながい閣下だった。

ファンロード収録作品の一部は「チャッピーとゆかいな下僕ども」で読めるが、全てが収録されているわけではない(特に心の魔王平口くんシリーズが結構漏れているのは惜しい)

チャッピーとゆかいな下僕ども 大増補版

チャッピーとゆかいな下僕ども 大増補版

いやもう今思い出しても笑いが止まらない。「天才探偵ポアポア卿」や「江戸主水ハミルトン」の不条理さ!「走れセリヌンティウス」の徹底した自己中心的ロジカルさ!当時から"リア充爆ぜろ!"を先取りしていた平口くんシリーズ!「怪盗ドロボウ」の古典的繰り返しギャグ!「宇宙戦艦金剛 自主規制の星」のど直球シモネタ(シモネタを突き抜けて結構本格的なファーストコンタクト異文化摩擦ストーリーになって・・・無い)!といったタイトルを列挙するだけでニヤニヤが止まらない。

ただまあ、こういうカルチャーショックを受けつつ、その面白さを学校の半径10メートルぐらいの仲間と共有できないっていうのは結構悩みの種で(姉の本だから勝手に学校へ持って行ったり読ませたりする訳にはいかない。あと'89年の宮崎勤事件もあってオタク系コンテンツをひけらかすことへの抵抗は大きかった)、結局もう周囲と面白さを共有することは諦め、自分の中でだけ消費するようになった。以降、「どのみち理解されないなら仕方ないよね」という行動原理でぼっち指向なローティーン人生を歩むようになる。我ながらどんだけ厨二病だよ(当時そんな都合の良い言葉は無かったけど)。

さてその後、姉がアニメ系からもっとディープな趣味へ移行して北京放送局をエアチェックするようになったり進学で家を離れたりしてこの辺のコンテンツが流れてこなくなり、自分は自分でSF/ミリタリヲタ方向へ流れていったので'91,2年から97年ぐらい(中学後半~高校時代)まではこのへんのコンテンツとは全く接触が無くなることに成る。(ちなみにこの時期にSFMの書評欄から佐藤大輔にエンカウントしたが、まあ話がそれるので置いておく。)

その後、大学に進学してから「久々にコミック系の本をチェックしてみるか」と書店の本棚をぶらりと眺めていたら、いきなり「神聖モテモテ王国」と遭遇したわけだ。

神聖モテモテ王国[新装版]1 (少年サンデーコミックススペシャル)

神聖モテモテ王国[新装版]1 (少年サンデーコミックススペシャル)

「あの水色ページのながい閣下が・・・メジャー誌で連載だと!!」という世界がひっくり返るほどのショックを味わった(嘘)ものの、独特の言語感覚ギャグはメジャー誌でも健在で一安心というか水色ページ時代からさらに拡大発展していた。ただまあ、個人的には一話読み切り作品で真価を発揮する人っていうイメージが有り、連載で話を転がすのに苦労してるんじゃないかなーと思わせる部分もあったけど。
その後、唐突な休載とか単行本未収録話を収録した復刊とか色々あったが、こっちもリアル人生が色々あったのでフォローしきれていない。


さてさて、このように人の人生とオタク系コンテンツとはあざなえる縄のように絡み合い・・・と締めようとしたが「第三世界の長井」の感想がまだだった。

第三世界の長井」感想

さて、こういうながいけん体験のバックグラウンドを持つ読者として、「第三世界の長井」を語ってみます。

まずは第一印象として、序盤の展開はちょっと牧野修っぽいと感じました。"テキスト"を通じて世界を上書きし、不条理を突き詰めるというのは凄い牧野修っぽい印象です。
特に「黎明コンビニ血祭り実話SP」(大森望編「NOVA1」収録)とか。登場人物を記述するテキストを、作品中の登場人物が上書きし合うというバトルを描く不条理作品なんですが、「第三世界の長井」に出てくる「アンカー」(メタ的に世界の属性を上書きする操作)の下りを読んだ時に、まっ先に思い浮かんだのがこの作品です(注:思い違いしてたけど「第三世界の長井」の連載開始の方が数ヶ月早い)。

たとえばこの作品に出てくる「脚注弾」っていう兵器。戦闘中に↓みたいな脚注弾を打ち込まれると

※1 本名金山存在郎。身長十二センチでクラスの人気者。好きな食べ物はプリン。口癖は「夢見ちゃうでげす。」特技は走るより速く這うことができること。

こうなってしまうという

カウンターの後ろに飛び込んだ<カネ ※1>は右脚に被弾していた。傷口を確認しようとして気がついた。
撃ち込まれたのは脚注弾だ。
報告しようと思ったのだが、その時には脚注弾の支配下にあった。
<ツキ>は足下に這い寄ってきた小さな人間を見た。その顔には見覚えがあった。
「お前は」
「通称<カネ>でげす。どうやら脚注弾で撃たれたみたいでげす。もう夢見ちゃうでげすよ」
言い終わると戸棚の隙間に消えた。
「<カネ>が撃たれた。脚柱弾だ。誰かカワタをテキスト解析出来るものは居るか」

こういうテキストをメタ的に上書きし合って世界が混沌化していくっていう話が好きなら、非常にオススメ。っていうかながい閣下に漫画化して欲しいなー。「踊るバビロン」とかも。

また、二巻での女性登場人物が中々良い感じ。「神聖モテモテ王国」では「女性」=「ナオン」=「内面が語られることのない抽象的な"何かとっても素晴らしい存在"」だったんですが、「第三世界の長井」だと女性登場人物のはっちゃけぶりがたまらない。

ラーメン星人(自称「クリフォトの闇の紅の皇女、ダァトの神意に選ばれし者。ヴェーレ・アク・リーベル・ロクェレ」。長井曰く「ラーメン持った地球人に遺伝子レベルで酷似」)が、もう厨二でBL妄想癖でデビルマン実写版でという色々と吹っ切れてたり(でも初心)とか。あるいは「主人公」(長井でも何でもいい、抽象的存在としての主人公)と関わることで「平凡」から決別しようと努力するうるる(人名)とか。

クセのある女性登場人物の描かれ方だけでももうたまらないです。絶賛。お腹いっぱい。


とは言っても手放しで絶賛するには微妙にモヤモヤする部分もあって・・・「第三世界の長井」はなんというか不条理ギャグ漫画というよりも、ギャグを通じて不条理を語る漫画と言った方がいいかもしれない。少なくとも、もう笑わせることが目的とは成っていないのでギャグを求める読者からすると肩透かしというか全く価値を見いだせないんじゃないかと思う。そういう意味では「ながいけん上級者編」というオビは的確。
ただねー。思春期以前にファンロード水色ページで破壊力の有るながい閣下ギャグ漫画に触れてしまった身としては、こういう深いけど人を選ぶ方向性へ突き進むという傾向にはやっぱり違和感があるというか

「上級者編」なんてどうでもいい、純粋だった小学生をオタク暗黒面に引きずり込んだ、あのパワーの有る破壊的ギャグをもう一度読みたいんだ俺は。

という気分がどうしても抜けないのです。身勝手な感想ではあるけれど。

追記

ある程度年を食うと自分語りしたく成るっていうのは本当だったんだな。

神林長平「敵は海賊・海賊の敵」感想

敵は海賊・海賊の敵 (ハヤカワ文庫JA)

敵は海賊・海賊の敵 (ハヤカワ文庫JA)

わたしはラジェンドラ。
広域宇宙警察・海賊課に所属する宇宙フリゲート艦だ。
同僚の一級刑事ラテルとアプロのおかげで、わたしの対人知性体の性能は日増しに向上している。
しかし、今回の事件でわたしは負けそうになった。
あの海賊・冥が、神の座を叩きつぶす暴挙に出たからだ。
あれはいったいなんだったのか、まったく理解不能だった。
しかし、わたしの対人意識でもって再構成してみれば、理解できる可能性はある――

前作の「正義の眼」は、哲学寄りと言うかより深みを増した反面、「敵は海賊」シリーズらしからぬノリの悪さが目立ちましたが、今作は如何にも「敵は海賊」シリーズらしいノリの「敵は海賊」。
とはいえ、ノリが軽いだけなのかというとそういう心配は全くなく、ヒトに関係無くそこに有る「リアル」と、ヒトそれぞれが持つ「物語」「願望」「虚構」のせめぎ合いというテーマがしっかり織り込まれていて濃厚な神林SFになっています。

正直、この辺は「正義の眼」だけではなく最近の雪風シリーズや「いま集合的無意識を、」では、エンターテイメント要素を脇に置いてストレートにメインテーマを語るような印象がありましたが、本作のように娯楽SF小説としての楽しさとテーマの追求をバランス良く描く方向に期待します。

いま集合的無意識を、 (ハヤカワ文庫JA)

いま集合的無意識を、 (ハヤカワ文庫JA)


しかしこー、ある登場人物に対する海賊たちの目線があれこれ厳しいことを言いつつもヌクモリティというか、世なれない孫を見守るおじいちゃんというか・・・・「七胴落とし」の頃のような『汚い大人に成りたく無い』的なナイーブさで行動する若者に振り回される海賊って図も見たかった気がする。

七胴落とし (ハヤカワ文庫 JA 167)

七胴落とし (ハヤカワ文庫 JA 167)

って本来その辺のナイーブさはラテルが担うべきだったんだよな。

小川一水「天冥の標 6 宿怨 PART3」感想

天冥の標 6 宿怨 PART3 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標 6 宿怨 PART3 (ハヤカワ文庫JA)

西暦2502年、異星人カルミアンの強大なテクノロジーにより、“救世群”は全同胞の硬殻化を実施、ついに人類に対して宣戦を布告した。准将オガシ率いるブラス・ウォッチ艦隊の地球侵攻に対抗すべく、ロイズ側は太陽系艦隊の派遣を決定。激動の一途を辿る太陽系情勢は、恒星船ジニ号に乗り組むセレスの少年アイネイア、そして人類との共存を望む“救世群”の少女イサリの運命をも、大きく変転させていくが―第6巻完結篇。

これまた黒い展開。希望は残ったというべきか、残ったのは希望だけと言うべきか。
それにしても、「「天冥の標 1」の数ページめくるごとに首を傾げてしまう変な世界「ハーブC」の成立へと続く道が大分見えてきた感。駆け足というか描写・説明不足気味な部分もあるものの、広げた大風呂敷のサイズが大きすぎて余り気にならない。

谷甲州「137機動旅団」佳作入撰時の選考座談会から

10年ぐらいまえに入手した奇想天外1979年3月号をふと読み返す。

この号は第2回奇想天外SF新人賞の結果が発表されており、今やベテランとなった谷甲州氏("甲州"名義)が初作品「137機動旅団」で佳作入選、牧野修氏("牧野ねこ"名義)が「名のない家」で同じく佳作入選という、日本SF史的に結構興味深い号です。もう一作"竜山守"名義で「ヘル・ドリーム」が佳作入選していますが、結果としては第2回奇想天外SF新人賞では佳作のみで受賞作はありませんでした。

元々この本を入手したのは、谷甲州氏が後年発表する一連の「航空宇宙軍史」の原点となる「137機動旅団」が目当てでした。この作品は今でも商業出版物には収録されておらず、幻のデビュー作となっています(長編化の構想があるとのこと。あと、「終わりなき索敵」内で関連するパートあり)。

終わりなき索敵〈上〉 [航空宇宙軍史] (ハヤカワ文庫JA 569)

終わりなき索敵〈上〉 [航空宇宙軍史] (ハヤカワ文庫JA 569)

さて、新人賞と言ったら選考座談会ですが、メンツが何と日本SF御三家(小松左京氏、星新一氏、筒井康隆氏)という超豪華メンバー。これがまた中々面白く、せっかくなので「137機動旅団」関連部分のみ座談会から抜書きしてみます。一応、

  • 「奇想天外」誌は既に廃刊、当時の発行元であった奇想天外社も1981年に倒産しており、将来的に復刻される可能性も低いこと
  • 将来的に「137機動旅団」や「名のない家」が何らかの短篇集に収録されたとしても、座談会が収録される可能性は非常に薄いこと
  • SF史的に興味深い内容であること

といった理由から公開に問題ないと判断していますが、関係者から申し出があった場合には削除する予定です。また、引用部の発言者名については敬称略としています。

まずは冒頭の三者一押し作品表明部分から。

 これは・・・・・・というのはぼくはネコの話しかない。

小松 「名のない家」だな。ぼくはそれと「ヘル・ドリーム」ってのがあったろう。オートバイのやつ。あれ、うまいよ。

 うん、文章は確かだ。

小松 二十歳の書き方にしてはうまい。

筒井 ぼくは「137機動旅団」しかないな。

小松 あれはある意味じゃうまいけど、筒井さんの「トラブル」を思い出した。

筒井 いやいや、それより石川さん(引用注: 石川英輔氏?)辺りが読んだら、カッカしそうな・・・・・・。ソンミ村虐殺事件を思わせるものね(笑)

「名のない家」を推す星氏、「ヘル・ドリーム」を推す小松氏、「137機動旅団」を推す筒井氏という構図です。「137機動旅団」の作風としては後年の「航空宇宙軍史」とほぼ同様であり、御三家の中ではハードSF寄りな小松氏が押しそうな感じだったので意外。筒井氏はベトナム戦争をオーバーラップした文明批評SFとして評価してる感じです。
次に、候補作を順に紹介する流れへ移っていきます。

編集部 では、一作づつ簡単に・・・・・・。

小松 一番最初に「137機動旅団」か。これは、話としてはよくできてるんだけどなあ。

筒井 最初はそれほど感心しないんだがね。最初横書きに書いてるのを見て、それだけでもうダメだと思って、だいぶん、心証をわるくしたけど、読んでみるとこれが一番読みでがあるわけ。

小松 ハードSFらしい作品だな。だから、ほら、ハインラインの『宇宙の戦士』をどう評価するか、という問題になっちゃうわけだ。あれとちょっとシチュエーションが似てるな。

筒井 ところが、この作品はさらにベトコンのことをオーバーラップしているわけでしょう

小松 ほらはじまった(笑)

筒井 共産主義思想というのがこうなんだ、と言いたいのかもしれない。

小松 いや、そこまでは言ってないだろうけど、おそらくそういうふうなことの背景はあるだろう。それからもう一つ、実はインドがそうだったということだろう、インドに対するイギリスのやった政策ってのはそうだったんだということなんだな。これでおさまるかということもあるんだけどね。

 もう少し、この星の描写があるとあるといいんだけど・・・。

小松 地球と同じということでしょ。ほとんど同じ重力。大気も同じで、人間も皆似てるんだから。

筒井 ちゃんと前の方に伏線も入ってるしね。

小松 うん、すごく筆力はあるんだ、これ。

 ま、一番年長だし。社会体験もあるわけだ。きっとこの人は。

小松 自衛隊に入ったのかな、このひとは。たとえば戦闘命令なんか非常に鮮やかだもの。これは残しておこう。

横書きだけど(この座談会の超重要キーワード)「137機動旅団」を推す筒井氏。ベトナム戦争の終結が1975年なので、座談会の時点ではほんの数年前。また「137機動旅団」の内容もベトナム戦争を思わせる(今ならイラク戦争やアフガンを思わせる)非対称戦を扱っており、確かに当時の筒井氏好みと言えそう。
ちなみに谷甲州氏は当時青年海外協力隊としてネパール在勤中だったとのことで、タテ書き原稿用紙の入手は非常に困難だったはず。

さて、ひと通り候補作の紹介が終わった後で話は再び「137機動旅団」へ戻ってきます。

小松 それでは元に戻って実はぼくこの「137機動旅団」というのはね、横書きでぼくも頭にきちゃったんだけども、これは新しいせいか若い人が多いせいかと思ったんだけど、SFというのはなんかこう、論理的にあっと言わせる太い筋があるでしょう。つまりガッチリと隙なく論理を組み立てていって、伏線があって、それでどんでん返しをして、ぱっと広げていくという、その骨格を持っているのはこれぐらいだろうという感じがしたんだ。

筒井 とにかく最後の方はセンス・オブ・ワンダーがありますね。これだけですものね。

 これ、誤字が結構あるな

筒井 いや、他の人にもいっぱいありますよ。

小松 それはものすごいものがあったぞ。

 地球への一種の風刺というか、アイロニイならいいんだけど、現実としてこういうことがあっても別にぼくはなんとも思わんがな。相手がそういう宇宙人だったらそういう手段を当然容赦なくとるだろうし。

小松 やっぱり見た目は地球に似ていて、それでグルカ兵が、じいさん見て故郷を思い出すとか、あそこがわりと鮮やかな伏線になってるんだよね。

筒井 はっきりと地球の地名が出てくるしね。

小松 うん、しかもこの連中がいくらやっても負けるのは、旅団兵士が非戦闘員を絶対殺さないという戦闘のベテランとして訓練されているという・・・・・・。

 それが伏線だな。

筒井 ただ、ぼくはやっぱりハインライン的な思想が根本にあると思うから、凄いと思うわけで、ただ単に星の話であればぼくは別になんてことはない話だと思う。

横書きだけど「137機動旅団」を高く評価する小松氏と筒井氏に対して、星氏は「当たり前の話である」として高く評価はしていません。この辺は御三家のSF観や作風の違いが現れていて興味深いです。
さて、話は奇想天外誌へ掲載する際に修正を入れるべきかという方向へ。

 このネパールの人はもう書き直しようが無いだろうな。

小松 ないだろうな。

 本当に、ネパールにいるのかな。このへんに居るんじゃないか(笑)

小松 実はこれは一種の宇宙小説になってるんだけども、要するに地球上の政治風私小説としてもよくできてるっていうのは・・・・・・。

筒井 かえって困る?

小松 いや、困らないけど、たとえば敵は平和交渉やってるところへロケットをぶち込むってわけだろ。

筒井 星さんは、あまり感心しないわけですか。

 ぼくに言わせりゃ、あの、いわゆるテレビの「インベーダー」と同じような感じで・・・・・・。

筒井 ウーン、そうなってくると、最後の真相が分った時もあんまりショックは受けないですね。

 ウーン。

筒井 人間一人一人がXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX。(引用注: ネタバレに付き伏字とします)

小松 あ、そうか。

 だからぼくも、その相手がそうなら当然の対応だというのが感想のメモなんです。

筒井 これ、映画にしたら、スゴイよ(笑)

 一つの問題提起になってるけどね。

小松 うん、ヒントは本当に彼がアジアへ行ってみてさ、インドとかね、おそらくネパールなんかね、あそこ、山の斜面だから割と涼しくて日本と似てるわけ。だからアジアへ行ってみてのショックだろうな。これは要するに普通の対応じゃダメんだということがあったんだと思うが、ちょっと重かったんだ、ぼくには。

「ネパールの人」・・・しかし、小松左京御大に"ちょっと重かった"と言わしめるデビュー作ってのも凄いな。
さて、総評

筒井 そうするといつも不思議に票が割れちゃうんだけどなあ。星さんが「名のない家」でしょ。小松さん「ヘル・ドリーム」でぼくは「137機動旅団」で。

 「137機動旅団」、ぼくこれ、タテ書きだったら未だかなり印象が変わっていたかもしれないよ。タテ書きであればもっと良い点をつけた(笑)。しかし、ヨコ書きという非常識を侵しているにしては、内容はガッチリしている。この中では一番うまいですね。

小松 SFっていうのはある意味ではこうやってみると衰弱してきたのかもしれないな。

 ウーム。

筒井 できれば一つ入選作を・

小松 入選作にしたら割れちゃうからしょうがないや。

筒井 そうですね。

 小松さんはその「137機動旅団」と「ヘル・ドリーム」はどっちを取る。

小松 ぼくが感動したのは「137機動旅団」なんだ。で「ヘル・ドリーム」はさっき言ったみたいにあそこまで書き込める筆力を持ってる人がね、結末がなんでこんなに底抜けになっちゃうんだ、ということ。

(引用注: 以降、結果のまとめに入り座談会終了)

タテ書きだったらもっと評価したという星氏。またしても横書きの呪いが・・・横書きじゃなかったら入選したんじゃないかなと思うぐらい、三人とも横書きについてマイナス点をつけてますね。まあ当時のネパールで日本向けのタテ書き原稿用紙が簡単に入手できるはずは無い訳で、もうちょっと情状酌量の余地は無いもんかなあと。
とは言え当時は個人向けで文章作成に使えるようなPCはおろかワープロ専用機すら存在しない訳で(和文タイプで小説書くのはかなり厳しい気が)、手書き生原稿の山を読んでたらやはり横書きは気になるのかなあ。
自分が大学でレポート書くようになった時には既にワープロ専用機時代は過ぎ去り、PCで文章を作ってプリントアウトを提出するか、データとしてそのまま提出が当たり前になっていた世代としては、この辺のタテ・ヨコに関する皮膚感覚は正直想像が難しいです。紙というハードと、文章というコンテンツが不可分な時代ならではというか。