ながいけん「第三世界の長井」感想(というか、「ながい閣下とわたくし」)

第三世界の長井 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

第三世界の長井 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)


第三世界の長井 2 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

第三世界の長井 2 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

オビにデカデカと「ながいけん上級者編」と描かれた本書は本当に取っ付きにくいというかどう紹介したらいいか本当に分からないというか・・・・


とりあえず、どんな作家でどういう作風なのか、とか「第三世界の長井」についての紹介は下記の記事を見たほうが理解が速いと思う。

ながいけん閣下『第三世界の長井』に絶句(エキサイトレビュー) - エキサイトニュース ながいけん閣下『第三世界の長井』に絶句(エキサイトレビュー) - エキサイトニュース
(というか、この作品について上手いことツボを突いたまとめが出来るって凄いよなー。ちなみに自分は雑誌掲載時に2回目ぐらいでついて行けずに放り投げたクチ。)


ただ、この作品については面白いと思う反面、素直に喜べない部分もあってモヤモヤしているが、それを端的に説明するのは難しい・・・なので、まずはながいけん読者としての自分史を語ってみることにする。

ながい閣下とわたくし

さて、時は1980年台後期。小学校高学年ぐらいだった自分にある転機が訪れる。と言うかなんというか、姉がアニメ系にはまり込み、子供部屋の本棚に「ファンロード」、「月刊OUT」、「アニパロコミックス」、あと聖闘士星矢の一輝×瞬の薄い本といったオタクコンテンツが潤沢に供給されるように成ってしまった訳だ。ちなみに小学生男子に薄い本は結構キツかったことは付記しておく。ていうか濃いよ!濃すぎるよ!!何でアニメージュとかあの辺で止まらなかったんだよ!!!

とは言え、この辺からハヤカワ・創元SFにハマり込んだり(思えば谷甲州「航空宇宙軍史」シリーズを初めて知ったのはOUTの読者投稿コンテンツだった)、小林源文氏を知ってミリタリー系にハマり込んだりしたので、実は今の自分の趣味はほぼ全てこのへんが源流だったりする訳だ。頭痛い。

さて、ながい閣下に話を戻そう。
今は知らないが当時のファンロードには「水色ページ」という読者投稿・セミプロ作家掲載枠があり(この辺はWebで確認しながら書いているが、結構記憶が曖昧)、そこにはたまに物凄い激烈なギャグ作品が掲載されていた。

その子供心に「なんかこー、こいつらそこいらの少年漫画ギャグ作品とは一味も二味も違う!」と思わせた作品群の、作者の一人は嵐馬破天荒氏(その詳細については「嵐馬破天荒の世界」を参照)、そしてもうひとりがながい閣下だった。

ファンロード収録作品の一部は「チャッピーとゆかいな下僕ども」で読めるが、全てが収録されているわけではない(特に心の魔王平口くんシリーズが結構漏れているのは惜しい)

チャッピーとゆかいな下僕ども 大増補版

チャッピーとゆかいな下僕ども 大増補版

いやもう今思い出しても笑いが止まらない。「天才探偵ポアポア卿」や「江戸主水ハミルトン」の不条理さ!「走れセリヌンティウス」の徹底した自己中心的ロジカルさ!当時から"リア充爆ぜろ!"を先取りしていた平口くんシリーズ!「怪盗ドロボウ」の古典的繰り返しギャグ!「宇宙戦艦金剛 自主規制の星」のど直球シモネタ(シモネタを突き抜けて結構本格的なファーストコンタクト異文化摩擦ストーリーになって・・・無い)!といったタイトルを列挙するだけでニヤニヤが止まらない。

ただまあ、こういうカルチャーショックを受けつつ、その面白さを学校の半径10メートルぐらいの仲間と共有できないっていうのは結構悩みの種で(姉の本だから勝手に学校へ持って行ったり読ませたりする訳にはいかない。あと'89年の宮崎勤事件もあってオタク系コンテンツをひけらかすことへの抵抗は大きかった)、結局もう周囲と面白さを共有することは諦め、自分の中でだけ消費するようになった。以降、「どのみち理解されないなら仕方ないよね」という行動原理でぼっち指向なローティーン人生を歩むようになる。我ながらどんだけ厨二病だよ(当時そんな都合の良い言葉は無かったけど)。

さてその後、姉がアニメ系からもっとディープな趣味へ移行して北京放送局をエアチェックするようになったり進学で家を離れたりしてこの辺のコンテンツが流れてこなくなり、自分は自分でSF/ミリタリヲタ方向へ流れていったので'91,2年から97年ぐらい(中学後半~高校時代)まではこのへんのコンテンツとは全く接触が無くなることに成る。(ちなみにこの時期にSFMの書評欄から佐藤大輔にエンカウントしたが、まあ話がそれるので置いておく。)

その後、大学に進学してから「久々にコミック系の本をチェックしてみるか」と書店の本棚をぶらりと眺めていたら、いきなり「神聖モテモテ王国」と遭遇したわけだ。

神聖モテモテ王国[新装版]1 (少年サンデーコミックススペシャル)

神聖モテモテ王国[新装版]1 (少年サンデーコミックススペシャル)

「あの水色ページのながい閣下が・・・メジャー誌で連載だと!!」という世界がひっくり返るほどのショックを味わった(嘘)ものの、独特の言語感覚ギャグはメジャー誌でも健在で一安心というか水色ページ時代からさらに拡大発展していた。ただまあ、個人的には一話読み切り作品で真価を発揮する人っていうイメージが有り、連載で話を転がすのに苦労してるんじゃないかなーと思わせる部分もあったけど。
その後、唐突な休載とか単行本未収録話を収録した復刊とか色々あったが、こっちもリアル人生が色々あったのでフォローしきれていない。


さてさて、このように人の人生とオタク系コンテンツとはあざなえる縄のように絡み合い・・・と締めようとしたが「第三世界の長井」の感想がまだだった。

第三世界の長井」感想

さて、こういうながいけん体験のバックグラウンドを持つ読者として、「第三世界の長井」を語ってみます。

まずは第一印象として、序盤の展開はちょっと牧野修っぽいと感じました。"テキスト"を通じて世界を上書きし、不条理を突き詰めるというのは凄い牧野修っぽい印象です。
特に「黎明コンビニ血祭り実話SP」(大森望編「NOVA1」収録)とか。登場人物を記述するテキストを、作品中の登場人物が上書きし合うというバトルを描く不条理作品なんですが、「第三世界の長井」に出てくる「アンカー」(メタ的に世界の属性を上書きする操作)の下りを読んだ時に、まっ先に思い浮かんだのがこの作品です(注:思い違いしてたけど「第三世界の長井」の連載開始の方が数ヶ月早い)。

たとえばこの作品に出てくる「脚注弾」っていう兵器。戦闘中に↓みたいな脚注弾を打ち込まれると

※1 本名金山存在郎。身長十二センチでクラスの人気者。好きな食べ物はプリン。口癖は「夢見ちゃうでげす。」特技は走るより速く這うことができること。

こうなってしまうという

カウンターの後ろに飛び込んだ<カネ ※1>は右脚に被弾していた。傷口を確認しようとして気がついた。
撃ち込まれたのは脚注弾だ。
報告しようと思ったのだが、その時には脚注弾の支配下にあった。
<ツキ>は足下に這い寄ってきた小さな人間を見た。その顔には見覚えがあった。
「お前は」
「通称<カネ>でげす。どうやら脚注弾で撃たれたみたいでげす。もう夢見ちゃうでげすよ」
言い終わると戸棚の隙間に消えた。
「<カネ>が撃たれた。脚柱弾だ。誰かカワタをテキスト解析出来るものは居るか」

こういうテキストをメタ的に上書きし合って世界が混沌化していくっていう話が好きなら、非常にオススメ。っていうかながい閣下に漫画化して欲しいなー。「踊るバビロン」とかも。

また、二巻での女性登場人物が中々良い感じ。「神聖モテモテ王国」では「女性」=「ナオン」=「内面が語られることのない抽象的な"何かとっても素晴らしい存在"」だったんですが、「第三世界の長井」だと女性登場人物のはっちゃけぶりがたまらない。

ラーメン星人(自称「クリフォトの闇の紅の皇女、ダァトの神意に選ばれし者。ヴェーレ・アク・リーベル・ロクェレ」。長井曰く「ラーメン持った地球人に遺伝子レベルで酷似」)が、もう厨二でBL妄想癖でデビルマン実写版でという色々と吹っ切れてたり(でも初心)とか。あるいは「主人公」(長井でも何でもいい、抽象的存在としての主人公)と関わることで「平凡」から決別しようと努力するうるる(人名)とか。

クセのある女性登場人物の描かれ方だけでももうたまらないです。絶賛。お腹いっぱい。


とは言っても手放しで絶賛するには微妙にモヤモヤする部分もあって・・・「第三世界の長井」はなんというか不条理ギャグ漫画というよりも、ギャグを通じて不条理を語る漫画と言った方がいいかもしれない。少なくとも、もう笑わせることが目的とは成っていないのでギャグを求める読者からすると肩透かしというか全く価値を見いだせないんじゃないかと思う。そういう意味では「ながいけん上級者編」というオビは的確。
ただねー。思春期以前にファンロード水色ページで破壊力の有るながい閣下ギャグ漫画に触れてしまった身としては、こういう深いけど人を選ぶ方向性へ突き進むという傾向にはやっぱり違和感があるというか

「上級者編」なんてどうでもいい、純粋だった小学生をオタク暗黒面に引きずり込んだ、あのパワーの有る破壊的ギャグをもう一度読みたいんだ俺は。

という気分がどうしても抜けないのです。身勝手な感想ではあるけれど。

追記

ある程度年を食うと自分語りしたく成るっていうのは本当だったんだな。