ジロミ・スミス「空母ミッドウェイ」紹介
- 作者: ジロミスミス,Jiromi Smith
- 出版社/メーカー: 光人社
- 発売日: 2006/01
- メディア: 単行本
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異国の港「ヨコスカ」を母港とすること18年―退役まで1度も本国に帰ることのなかったベテラン空母のすべて。冷戦下の日本海から、湾岸戦争時のペルシャ湾まで日米ハーフの下士官が見たアメリカ海軍最前線。
70年代から横須賀に配置されていた空母「ミッドウェイ(CV-41)」で'80~'90年台に勤務していたヘリコプター整備班の下士官による体験記です。
この本の読みどころは何かというと、現代空母での生活感溢れる整備班についての描写。逆に普通この手の話題で主役になりそうな艦載機の搭乗員については殆ど描写が無いです。
空母の日常
現代の米空母は数数千人規模のクルーを詰め込んだ「浮かぶ城」ならぬ「浮かぶ街」な訳で、その「浮かぶ街」の日常が面白おかしく時にはシリアスに描かれます。
たとえばこんな風に
このように、ハンガー・ベイ(引用注:格納庫甲板)のあっちこっちで、機体が移動されたり整備が行われている中を、機体と機体の間を縫ってジョギングしている奴がいた。あの格好は……、将校?不思議と、将校は風貌がわれわれ下々の者とはちょっと違っていて、たとえばジョギングウェアーでも何となくそれと分かる。肌が綺麗で髪が整い、無意識のうちに気取っているのか……。きっとそのように訓練されているのだろう。
さらにベイの隅っこでは、少しばかりのスペースに陣取って、太極拳をやっているグループがいた。なかなか様になっている。
ギターを弾きながら歌っている奴。ファン・テール(艦の最後尾)では、海に向かってトランペットを思いっきり吹いている奴も居る。
ミッドウェイ乗組員四五〇〇人。それぞれいろいろな時間帯の任務があり、GQの訓練や火災訓練以外の時は、空母の格納庫は一日中、一晩中、仕事をしている者、リラックスしている者でいつもこんな感じである。
また、組織には部署間や個人での微妙な力関係や反りが合うの合わないのといった、公的なデータから見えてこず皮膚感覚でしか捉えられない話題も当然存在します。
著者はヘリ整備部門に所属し、その中でも機体整備を行う作業班"AFショップ"の責任者。もちろん機体整備以外にもAD(エンジン整備)ショップやAO(武器)ショップなど色々と有るわけですが、AFショップな人は電子部品周りを扱うATショップとあんまり反りが合わなかったりというエピソードが紹介されてます。たとえば着任早々、部下と一緒に関連ショップのあいさつ回りをした時にこういう会話が出るぐらい。
「ダニー、どんな感じだい、うちのAT達は」
「ATはどこいったってATだよ、ボス」
「そりゃそうだ。期待するだけ無駄だな」
この他にも
- 夜中だろうとトイレ中だろうとサイレンがなったら即強制参加のGQ(総員配置)訓練
- 食品持ち出し禁止な艦内食堂からサンドイッチをちょろまかしてフライトデッキへ持っていくテクニック
- 45日ごとに行われるお祭り「スチール・ビーチ・イベント」でのビール券トレード模様
- 寄港時に手回り品の荷降ろし順序をめぐる攻防(責任者は荷降ろしが終わるまで待ってないといけないんで必死)
- アダルトビデオは部隊内で回し見するが帰港時の保持者は必ず焼却処分しなければならないという鉄の?掟
といったまあ普通の体験記だと出て来ないような話が色々と。
フライト・オペレーション
空母といえばもちろん飛行機を飛ばしてナンボな船な訳ですが、"フライトデッキで飛行機を飛ばしている連中の役割"として列挙されてるのが
「キャプテン」、「XO(副長)」、「CAG(空母航空団司令)」、「エア・ボス」、「ミニ・ボス」、「ハンドラー」、「スヌーピー」、「シューター」、「LSO」、「LSE」、「ボースン」、「FDC」、「セーフティー」、「プレーン・キャプテン」、「トラブル・シューター」、「メインテナンス・コントロール」、「グレープス」、「イエロー・シャツ」、「ブルー・シャツ」、「レッド・シャツ」、「SAR」
とまあ、「飛行機を飛ばす」といってもパイロットが操縦桿を握って離陸するためには(飛行甲板の上だけでも)こんだけの人達ところ狭しと駆けずり回るわけです。で、これらの役割に寸評が付いていてこれがまた
「スヌーピー」 チーフ。ハンドラーの子分。常にハンドラーの横にいて、ハンドラーから受けた指示を無線や電話を使い、艦載機部隊の連中に指示を出す。部隊とハンドラーの間に挟まれ辛い仕事だが、昇進は約束されたようなもの。スヌーピーに嫌われると部隊の運営に支障をきたすので、言動に要注意。時には手土産(ドーナツ、焼きたてのパン、よく冷えたコーラなど)持参で挨拶に行く。
とか
「FDC」 緑色ジャージ。フライト・デッキ・コーディネーター。チーフ。艦載機部隊から、昼間、夜間、それぞれ一人フライト・デッキに上がり、個々に記載されているすべての連中と連絡を取り合い、部隊のフライト・オペレーションを仕切る。肉体労働。常に怒鳴り散らされる。部隊の生贄。
とか生々しい。ちなみにいくつかの役割には「寝ない」という恐ろしい属性が。
まあ、こういう楽しい部分だけではなく、危険と隣り合わせなフライトデッキ上の作業とか生々しい着艦事故の光景とか、80年代の対ソ連哨戒任務、91年の湾岸戦争での実戦経験等の経験者としての描写なども興味深いです。
まとめ
「機動警察パトレイバー」の整備班回が好きな人は読んで絶対に損は無いはず。