J・P・ホーガン「時間泥棒」感想

エンデかと思った?残念ホーガンでした(いや全然残念じゃない)。

時間泥棒 (創元SF文庫)

時間泥棒 (創元SF文庫)

あらすじ

ニューヨーク中で時間が狂い始めた。時計がどんどん遅れていくのだ。しかも場所ごとで遅れ方が違う。この異常事態に著名な物理学者が言うには、「異次元世界のエイリアンが我々の時間を少しずつ盗んでいるのです」!? エイリアンだか何だか知らないが、時間がなくなっていくのは本当だ。大騒動の顛末は? 巨匠が贈る時間SFの新機軸!

こういう話だとどうしても物理学者とかが主人公になりがちで、一般読者が置いてかれがちになってしまいますが、本作の主人公は物理とは縁のないNY市警の刑事。何で刑事が「場所によって時間の流れが狂う」なんて現象を調査しないといけないかって?

物理学者が『エイリアンが時間を「盗んで」いるんだよ!』とかぶちあげちゃって、お偉いさんが

ナ ナンダッテー!! (ドンビキ)
 Ω ΩΩ

となり、盗みなら刑事課の仕事ということでお鉢が回ってきたというなんとも情けない理由。で、当然刑事課にそんな仕事を振られてもどうしようもないけど仕事として何もやらない訳にはいかず、半分ヤケになって自称超能力者やら哲学者やら司祭やらへとアテのない聞き込みに回るうちに思わぬところで発想の転換が起きて解決へのブレイクスルーが…と言う流れ。
時間が遅れることによる影響や、そのような場合にどんな現象が観測されるかという描写(たとえば、強烈に時間が遅れている場所の周辺で「赤い霧のようなもの」が見える。なぜかというと、時間の速さが遅れた分だけ光の波長が長くなり、局所的に赤方偏移して・・・とか)が読みどころ。なんというか、バカSF的な大ぼらを支えるディテイルが凄いハードSFチックな。

ネタバレにはなりますが、この現象を人類視点から見ると『コンピュータのような単純な情報処理を繰り返す場所を好み、「時間を(文字どおり)食う、知性を持たない虫(あるいは害獣)」が繁殖している』というアナロジーにあてはまり、それにそって対応することで何とか切り抜けることができています。しかし、本当に知性を持たない虫だったのかっていうとそれは人類からは検証できず……たとえばグレッグ・イーガン「ルミナス」(「ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)」に収録)のような全く異なる公理系を持つ宇宙からの干渉っていう可能性もある訳です。検証できないけど。
あと、長さ的に短いので色々と空想の余地があります。今回は単純な情報処理系に群がってたけど、たとえばヒトの中枢神経系の情報処理パターンを好む「虫」が現れたら詰むな……とか。あるいは、時間の流れに強い傾斜が発生している状況で、たとえば大脳の左端と右端で時間の流れが10倍ぐらい違ってしまった場合に思考への影響が大きそうとか、情報処理系としての大脳がクラッシュしてしまうんじゃないかとか(谷甲州「星空のフロンティア」(「仮装巡洋艦バシリスク (ハヤカワ文庫 JA (200))」に収録)で似たような描写があったな)。

こういう、読んだ後で思弁の余地というか妄想の余地がたっぷり残っているところもこの作品の魅力。