よくわかる第一次外惑星動乱(谷甲州『コロンビア・ゼロ』発売記念)

二十数年ぶり!谷甲州「航空宇宙軍史」の新刊が・・・

作品の内容としては流石に文句のつけようのない出来ですが、二十年以上前に書かれた「(第一次)外惑星動乱」に関するエピソードが多いので、せっかくですし一つ外惑星動乱について勝手にまとめてみようと思います。
ご新規さんな人のためのガイド、あるいは古参な人向けのリマインドメモになれば幸いです。

正直な所、大分端折っていますが、まあアウトラインを掴むにはこれぐらいで良いんじゃないかと。

よくわかる第一次外惑星動乱

外惑星動乱への道

航空宇宙軍の創設と発展

2020年代に創設。初期は地球軌道周辺の救難パトロールや警察行動を行うだけの、各国空軍・宇宙軍の寄り合い所帯的組織だった。核融合炉の実用化とともに太陽系内の植民・開発が進む中で、2070年代には外宇宙(太陽系外宇宙空間)探査から内宇宙(太陽系内宇宙空間)全域での警察行動までを一手に引き受ける大規模組織へ発展した。

2080 ~ 2090年代の太陽系事情

木星系・土星系の氷衛星群から産出される膨大な重水素資源は地球-月系の経済活動に必要不可欠なものとなっていた。一方で木星系・土星系の宇宙都市群は消費財を生産する人口規模・市場規模を持たないため、重水素を地球-月系へ輸出し、消費財については地球-月系からの輸入に頼るという相互依存の関係が生まれていた。
一方、2080年代に航空宇宙軍が主体となって行われてきた天王星系の開発計画は頓挫。また、航空宇宙軍(地球-月系)が主導する強引なまでのフロンティアラインの拡張政策が、自治の拡大を求める宇宙都市群との間に摩擦を引き起こす事になる。

外惑星連合の結成

外惑星系(木星土星系の衛星群)宇宙都市の経済規模が拡大するにつれて、航空宇宙軍・惑星開発局(地球-月系)*1の主導による計画経済下でのフロンティアライン拡張政策への反発が強まっていた。

木星土星系の宇宙都市群(特に木星カリスト・ガニメデ、土星系タイタンが主導となり)は協商同盟「外惑星連合」を結成。共同して航空宇宙軍・惑星開発局(地球-月系)へ自治権の拡張要求を行うとともに、極秘に軍事同盟「外惑星連合軍」を結成し、将来的な航空宇宙軍との戦争に備える事となった。
自治政府は戦闘用艦船の開発や保有が制限され、また一般船舶についても航空宇宙軍払い下げの輸送艦航空宇宙軍の輸送船を原型するもの*2が主力であった。そのため外惑星連合軍は輸送艦を改装して仮装巡洋艦として運用する事を計画していた。

外惑星連合内部にも航空宇宙軍との戦争を回避する勢力は存在していたものの

  • 戦争準備計画が航空宇宙軍に漏洩したこと
  • 地球-月系との外交交渉過程で外惑星連合により重水素輸出の禁輸措置が取られたこと
  • 航空宇宙軍との開戦に反対するカリスト軍内の勢力がクーデターにより開戦回避を試みたものの失敗したこと

等のイベントにより、戦争回避の道は閉ざされ、開戦が不可避となっていった。


外惑星動乱

外惑星動乱中の艦対艦戦闘についてのメモ

当時の艦対艦戦闘を理解するには、とりあえず艦の加速度を把握する必要がある。
外惑星連合軍の主力である仮装巡洋艦(航空宇宙軍払い下げの輸送艦を武装化したもの)は大体0.1G程度。
航空宇宙軍の主力艦であるゾディアック級フリゲートは1G程度、警備艦特設砲艦といった小型艦艇では約0.3G~0.5G程度、輸送艦は0.1G程度の加速を数十日間の間継続して行うことが可能である。

航空宇宙軍が地球近傍から土星系まで輸送船団を送り込む場合、輸送艦の加速度(0.1G)では中間地点の小惑星帯付近では500 ~ 600 km/秒という膨大な速度を積み上げ、かつエンジンからの赤外線放射をまき散らすことになる。一方、外惑星連合軍側は、ほとんど速度を積み上げて居ない状態で、攻撃直前まで位置を秘匿しつつ待ちぶせで奇襲する事が可能になる。


数百 km/秒という膨大な速度差が有る場合、ほんの小さな破片程度であっても、艦船と衝突しさえすれば撃破し得るだけの運動エネルギーを持つ事になる。
航空宇宙軍・外惑星連合軍共に、「爆雷」「軌道爆雷」と呼ばれる運動エネルギー兵器を多用した。「爆雷」は爆発することで金属片を撒き散らし、その「爆散円」を敵(の予想軌道)に交差させることで、確率的に数個以上の破片が命中する事を期待する兵器である。敵の位置および速度ベクトルをレーダー観測で掴んだ上で爆雷攻撃を仕掛けるのが理想ではあるものの、レーダー放射が傍受されることで自らの位置と攻撃意図を暴露することに成る。そのため、仮装巡洋艦による待ち伏せ攻撃では、赤外線センサによる観測からだいたいのアタリを付けて爆雷攻撃を行うことが一般的だったようである。
爆雷を受けた側は

  • 回避運動
  • 推進剤を放出することで金属片の運動エネルギーを奪う
  • レーザー砲撃で金属片を蒸発させる

といった方法で対応を行うが、攻撃側もそれらの対応を見越して回避先の軌道上にも爆雷を放出したり、複数爆雷を使用することで金属片密度を上げて対応を困難にするなどの逆対応を取る。
また、「軌道爆雷」は爆雷に大出力エンジンを搭載したもので、敵艦の回避運動に追随して最適な位置で爆雷を爆発させることが可能である。ただし、通常の爆雷と比較すると大質量となるため、搭載個数は限定される。

また、レーザー砲を使用した対艦戦闘も考慮されているが、射撃管制レーダーの精度的に有効射程が1000 km程度(と書くと長距離だが、敵艦との相対速度が数百 km/秒に達するような条件では極至近距離)と限定されているため、対艦攻撃に使用される事はめったに無い。


爆雷戦にせよレーザー砲戦にせよ、相手の位置と速度ベクトルを掴み、かつ自らのそれを可能な限り秘匿することが重要な意味を持つ。そのため、対艦戦闘では、派手な打ち合いよりも地球上での潜水艦同士の戦闘のような「互いの腹の読み合い」が勝敗を分ける事になる。


開戦 - 2099年6月22日

輸送艦を改装した仮装巡洋艦しか持たない外惑星連合は航空宇宙軍に対して劣勢であったため、奇襲攻撃となる先制第一撃で航空宇宙軍の主力を撃破しようとしたものの、ほぼ空振りとなり失敗。

その後、外惑星連合は長期持久戦を選択。

  • 太陽系内の重水素(地球-月系の経済圏にとって必要不可欠であり、かつ航空宇宙軍の艦艇の「燃料」でもある)の産地を抑えている
  • 内惑星軌道から「登って」くる航空宇宙軍を待ち伏せして一方的に攻撃出来る

という利点を活かして地球-月系の経済圏が音を上げるまで長期持久を試みた。

航空宇宙軍による土星系占領 - 2099年9月

航空宇宙軍は旧式艦で編成された囮艦隊を使用して外惑星連合の主力部隊を引き付ける一方で、主力部隊で木星系を素通りして土星系を占領。土星系唯一の大規模国家であるタイタンは降伏。
この作戦により航空宇宙軍は土星系の氷衛星群からの重水素を確保することで外惑星連合が目指していた長期持久戦の前提を根本から覆し、かつ木星系を封鎖するための基地を確保するという戦略的大勝利を得た。

護衛船団を巡る戦闘 - 2099年10月~2100年7月(?)

航空宇宙軍は土星系(および木星の前方・後方トロヤ群)を占領したものの、占領を維持し、かつ木星系攻撃のための拠点として活用するために大規模な輸送船団を継続して送り続ける必要が生じた。
一方、外惑星連合軍は(既に戦争の帰趨は決しているものの)航空宇宙軍への出血を強いるために輸送船団への襲撃作戦を繰り返す方針を取った。
結果として、中立宇宙都市群の民間船舶航路と重なるために索敵が困難な小惑星帯を舞台とした、凄惨な船団襲撃・護衛作戦が展開されることとなった。
皮肉なことに、戦争の帰趨が決したこの段階において、外惑星連合軍はいくつかの技術的奇襲を成し遂げ、戦略的に有利な立場の航空宇宙軍を混乱させることに成功している。
代表例としては

巡洋艦サラマンダー
輸送艦を改装した仮装巡洋艦ではなく、最初から戦闘艦として設計された外惑星連合唯一の正規巡洋艦。航空宇宙軍の主力戦闘艦であるゾディアック級フリゲートに匹敵する大型艦であったが、一番艦サラマンダー用のメインエンジンが完成した後にエンジン開発元であるタイタンが降伏したため、二番艦以降の量産は不可能となった。
2099年末、サラマンダーは未完成状態で大規模輸送船団99-11-TLへの襲撃に投入され、輸送船団をほぼ壊滅させた。この勝利により、外惑星動乱の終結は半年伸びたとも評されている。しかしその後サラマンダーは、航空宇宙軍の総力を挙げた追撃を受ける中で、物資の欠乏や機械トラブルの修復のために中立港ジュノーへの寄港を余儀なくされた。ジュノー周辺に航空宇宙軍艦隊の包囲網が敷かれる中、サラマンダーは太陽系外へ向けて全力加速し、宇宙空間へ自らを投棄した。

・オルカ / オルカ戦隊
制御中枢としてシャチの脳を使用した小型機母艦。外惑星連合軍の正式名称は不明だが、航空宇宙軍からは「オルカ戦隊」と称されていた。シャチの脳を使用することで、有人艦と比較して生命維持装置を最小化することが出来、また待機状態での船体温度を低温に保てるために赤外線センサでの観測が困難であった、さらに、完全な無人艦と異なり、高度な戦術判断を行うことが可能であった。航空宇宙軍は、同じくシャチの脳を使用した小型機母艦「オルカ・キラー」を投入し、オルカ戦隊への対応とした。

・ヴァルキリー
前述のとおり、外惑星動乱時の艦対艦戦闘では運動エネルギーにより敵を破壊する爆雷が主武器であり、火器管制システムの精度上の理由から射程1000km程度が限界のレーザー砲はめったに使用される事のない近接兵器、あるいは爆雷破片を蒸発させるための防御兵器として使用されていた。
一方、ヴァルキリーはレーザー砲戦に特化した無人艦であり

  • 1,5000km程度で対艦戦闘が可能なレーザー砲戦用火器管制システム
  • 爆雷の破片群をまとめて蒸発させることが可能な大出力レーザー砲
  • 数百Gに達する加速性能
  • (限界はあるものの)比較的高度な判断が可能な無人戦闘管制システム

といった破天荒な要素が組み合わされた艦であった。これらの特性から、爆雷を使用した攻撃に対してはほぼ完全な防御が可能であり、かつ航空宇宙軍艦艇のレーザー砲射程を遥かに上回る距離から一方的な攻撃を行うことが可能なはずだった。
主に爆雷による対艦戦闘を想定していた航空宇宙軍艦隊を無効化し得るほどのゲームチェンジャーであった…はずだが、実戦への投入時期が余りに遅く、小規模な輸送船団を壊滅させたのが唯一の成果であった。
しかし、「ヴァルキリー」の名とその神秘的な戦闘能力は、戦後も長く語られ続ける事となった。

終戦 - 2100年7月13日

航空宇宙軍は木星系への侵攻作戦を開始。外惑星連合軍は全力で阻止を試みるものの、圧倒的な戦力差を前に敗退。カリストでは徹底抗戦派によるクーデターと和平派によるカウンタークーデターが発生し、最終的に和平派が政権を掌握した。また、外惑星連合軍艦隊内で徹底抗戦派と和平派による同士討ちが発生寸前で回避される事件も発生。和平に関する意思統一の不徹底は、戦後に長い影響を及ぼす事になる。

戦後

外宇宙探査の復活

外惑星動乱中は航空宇宙軍による外宇宙探査はほぼ凍結状態であったが、2112年、観測艦ユリシーズが太陽系へ接近しつつある射手座重力場源の近接観測を行うために出港。これが戦後初の外宇宙探査となる。

また、戦争前に凍結されていた天王星系の開発計画も復活。

地下組織化した外惑星連合軍

外惑星連合軍の中の徹底抗戦派は戦後も地下組織化して航空宇宙軍に対するテロ活動を継続していた。
しかし、2123年の天王星系の宇宙都市エリヌスでの暴動事件により、テロ実行部隊はほぼ壊滅。長く続いた外惑星動乱の「戦後」はこれで終わったはずだったが………





参考文献

初期の航空宇宙軍について

『星空のフロンティア』(『仮装巡洋艦バシリスク』収録。現在絶版)

仮装巡洋艦バシリスク (ハヤカワ文庫 JA (200))

仮装巡洋艦バシリスク (ハヤカワ文庫 JA (200))

外惑星連合の結成から開戦までの経緯について

『エリヌス - 戒厳令』(現在絶版)

カリスト - 開戦前夜』

電子書籍版が入手出来るよ!)

外惑星動乱緒戦期について

『火星鉄道一九』収録作品

火星鉄道一九 (中公文庫)

火星鉄道一九 (中公文庫)

電子書籍版が入手出来るよ!)

タナトス戦闘団』

電子書籍版が入手出来るよ!)

外惑星動乱中期~終戦について

『火星鉄道一九』収録作品

火星鉄道一九 (中公文庫)

火星鉄道一九 (中公文庫)

電子書籍版が入手出来るよ!)

巡洋艦サラマンダー』収録作品

電子書籍版が入手出来るよ!)

『星の墓標』(現在絶版)

星の墓標  (ハヤカワ文庫JA―航空宇宙軍史244)

星の墓標 (ハヤカワ文庫JA―航空宇宙軍史244)

『砲戦距離一二、〇〇〇』『仮装巡洋艦バシリスク』(『仮装巡洋艦バシリスク』収録。現在絶版)

仮装巡洋艦バシリスク (ハヤカワ文庫 JA (200))

仮装巡洋艦バシリスク (ハヤカワ文庫 JA (200))

外惑星動乱終戦からエリヌス動乱について

『終わりなき索敵 (上)』(現在絶版)

終わりなき索敵〈上〉 [航空宇宙軍史] (ハヤカワ文庫JA 569)

終わりなき索敵〈上〉 [航空宇宙軍史] (ハヤカワ文庫JA 569)

『最後の戦闘航海』(現在絶版)

『エリヌス 戒厳令』(現在絶版)

*1:実は、航空宇宙軍・惑星開発局・地球-月系の関係性は原作では結構あやふやなままだったりする。地球-月系に統一政府があるのか無いのかは不明。航空宇宙軍は一応地球-月系の何らかの機関の配下には無いというものの、両者の関係性についてはあんまり描かれていない。また、惑星開発局の位置付けもよくわからない。ややこしいのでここでもあやふやなまま誤魔化す

*2:ブクマの指摘を受け、『カリスト 開戦前夜』 p64の記述を参照して修正。