フランク・エルキンズ「戦士のハート」(S・クーンツ編「撃墜王」収録)感想

撃墜王 (講談社文庫)

撃墜王 (講談社文庫)

第一次大戦からヴェトナム戦争まで、パイロットの手記・取材記・回想・ノンフィクション等から一部を抜き出してまとめた詰め合わせセット。日本からは坂井三郎氏の硫黄島上空での空戦記が取り上げられています。

基本的に、何らかの形で作品が残るようなパイロットというのは水準以上の成果を挙げた、トップクラスの人材です。故に、彼ら自身によって書かれた作品、あるいは彼らを描いた作品は、危機においても冷静沈着なプロフェッショナルであり勇敢であり任務に忠実な、「立派な」職業軍人という人物像がどうしても強く出てしまっています。

しかし、全21篇の収録作のなかで、その点ひときわ異彩を放つ作品があります。ベトナム戦争に従軍した海軍パイロット、フランク・エルキンズによる手記「戦士のハート」です。

いつもそうなのだが、いざ任務を終えて空母にもどってきたときには、夜中にどれほどの恐怖に押しつぶされていたのか、ほとんど忘れてしまっている。いまだってそうだ。飛行機に乗り込むまで自分がどれほど絶望的な心境でいたか、思い出せないぐらいだ。
航空情報でのブリーフィングの最中には、自分も作戦に参加するのだと自覚して注意深く耳を傾けている。それが待機室にもどってくると、恐怖が芽生え、打ち合わせをしている最中にもなにか逃れる口実はないか、行かずにすむ方法はないかと必死で逃げ道を探しはじめる。代替機が代わりに飛んでくれないだろうか、スタートに間に合わないという事態が生じてくれないだろうか、無線が壊れているとか、ALQ(電子戦機材)が故障しているとか、何でもいい、この夜間の任務を免れる不名誉ではない口実が欲しい……。フィリーフィングの後、フライトスーツを着て待機するのだが、そこで恐怖が頂点に達する。コーヒーを飲み、そわそわとトイレに行き、0300時の出撃が近づいて、飛行機に乗り込むようにと言われる。
フライトデッキに出ても、ぼくはなお口実を探し続ける。飛行機の周りを一周しながら、どこかに異常が見つかることを願っている。そうすれば良心にも仲間たちにも恥じること無く、この任務から下ろしてもらうことが出来るのに。しかし、そんなものは見つからない。あきらめきれないままコックピットに乗り込むと、まずはくそいまいましい無線が動き出し、ALQが動き出し、それからTACAN(戦術航法装置)が動き出し……。

夜間出撃前の恐怖に押しつぶされそうになる心理、友人が夜間発艦に失敗した光景のショッキングさ、そしてその恐ろしさのあまり「ジャイロが故障した」と嘘をついて出撃を逃れた(「ぼくは臆病風に吹かれて逃げ出したのだ」)という告白・・・他の収録作とは異なり、自分の心の弱さも含めて、飾り気の無い赤裸々な心情が描かれています。
「戦士のハート」は元々彼が個人的につけていた日記であり、公開を目的としたものではありませんでした。しかし、彼は1966年10月に戦死し、日記を渡された未亡人が数年後に日記の内容を出版することとなります。

The Heart of a Man (The Dell War Series)

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少し検索してみたかぎりでは、「撃墜王」に収録されている抄訳を除けば日本語への翻訳はされていないようです。抄訳だけで済ますのは勿体無いですし、気合入れて原著読むか・・・