久々に長文で書き残したいなと思ったので書く。
公式サイト
apocalypse-hotel.jp
正直なところ、事前には全然ノーチェックでした。XかBlueskyで流れて来た第3話の感想が面白そうだったので見たのが初コンタクト。
ストーリーとしては、第3話時点だとだいたいこういう感じ。
bsky.app『アポカリプスホテル』、最終的にどう転ぶかはわからないけど、今のとことても良いね。 正体不明の疫病で人類が地球上から姿を消してはや百年。ホテル「銀河楼」のロボットスタッフ達は、人類が「お客様」として再び帰ってくるその日を夢見て、今日もまた誰も来るはずのないホテルを運営するのであった……というしっとり設定からドタバタコンタクトSFが始まる。 この先どう転ぶかはまあわからないけど、少なくとも現時点ではSF濃度的は今季一じゃないかな。
— (@ka-ka-xyz.bsky.social) 2025-04-27T05:14:12.303Z
これまですべての回でフリーダムかつ方向性が全部ぶっ飛んでいる作風でしたが、一方ではなんというか「ヒトが去った後、ヒトが残した遺産とどう向き合うか」という物語の縦糸が結構強固に描かれてると思うのですね。
ということで、以下はこの視点で見たネタバレあり感想(読む人は登場人物の名前や関係性、各話の展開を把握している前提とします)。いやまあ第11, 12話で感想が完全にひっくり返される可能性も高いですが、自分にはこの時点でこういう光景が見えていたというメモ。
まえおき
bsky.app今後ストーリーがどう転ぶかはまだまだわからないけれど、ティプトリー『われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ』の鏡写しなんじゃないかなという。 『われらなりに……』は「地球が滅びた後、星間文明圏で難民化した地球人たちは地球を理想の聖地として崇め続け、異星人たちに"理想の地球"を示すことをアイデンティティとして生き続ける」という話で。 一方、『アポカリプスホテル』は「地球人が滅びた後、残されたロボットたちは星間文明圏から来るゲストに対してホテルを運営することで、異星人たちに"地球人の夢"を示すことをアイデンティティとして存在し続ける」なんじゃないかな。 あくまで現時点での妄想として。
— (@ka-ka-xyz.bsky.social) 2025-05-07T03:52:35.506Z
bsky.appたぬき星人たちも「人類の夢や遺産」の後継者なんよな。「ゴジラ vs. ET」みたいな作品を含めて、確実に文化を受け継いでる。
— (@ka-ka-xyz.bsky.social) 2025-05-07T03:57:24.888Z
自分にとって、『アポカリプスホテル』という作品が、ティプトリー『われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ』の鏡写しのような作品に見えていて。なので「ヒトが去った後、ヒトが残した遺産とどう向き合うか」という話を作品の縦糸(あるいはSF的な芯)として見たときにどういう感想だったかをまとめてみます。
"ヒトの遺産"を守る存在としてのホテリエロボット
第1、2話の時点では、ヤチヨさんをはじめとするロボットたちは基本的に「ヒトが残した遺産」を守る存在でした。もうちょっと具体的には、「ホテル銀河楼を守り、運営指針である銀河楼十則を守り、オーナーが残した言葉を守る」存在です。ヒトが帰って来ないならばどん詰まり。何時かは備品は擦り切れ、ロボットは機能停止して終わりです。
第1話のシャンプーハット騒動はかなりコミカルかつドタバタ喜劇風に描かれていますが、基本はこのどん詰まり状態を描くものでした(でもああいう味付けで描くところが『アポカリプスホテル』らしさ)。
この時点では、「ヒトが帰って来る」ことがロボットたちにとってすべての希望でした。
"ヒトの遺産"を受け継ぐ存在としてのタヌキ星人
で、そのどん詰まり状態ポストアポカリプスに世紀末救世主……ではなく貯めフン野郎タヌキ星人一家がやってくるのが第3話。
戦災により故郷の星を逃れてヒトが居なくなった地球へやってきて「私達は今から地球人だ!」と宣言する一家、アレです『百万年ピクニック』ですよこれ。
タヌキ星人たちはヒトの残した書籍や動画作品を吸収し、故郷の風習を(ヤチヨさんに殴られつつ)捨て、地球人として生きていくことになります。彼らは「ヒトの残した書籍や動画作品」、つまりヒトの物語や願いや文化を受け継ぐ存在になったのです。
第4話のオチ(ポン子さんの「命を頂くことに感謝と経緯を込めて、いただきます」)は、ぱっと見だと唐突な食育メッセージに見えますが「ヒトの残した文化(正確には21世紀初頭の日本文化)」を異星人が内在化するという話でもあるんですよね。
"ヒトの遺産"が宇宙へ広まる、ヒト抜きで
第5話はウイスキー醸造を通じて「オーナーの遺志」を実現すると言う話です。しかしそれだけではなく、"宇宙共通語"的なものが存在する恒星間文明圏からのゲストへ「オーナーの遺志」であるウイスキーを提供するという話でもあります。これまでは「ヒトの遺産」を受け継ぐといってもホテルの中だけで閉じていましたが、恒星間文明圏へ「オーナーの遺志」「ヒトの遺産」がデビューするのです……ヒトが居なくなった後、ヒト以外の手によって。
"ヒトの遺産"と負の側面
ホテリエロボットたちとタヌキ星人たちとで手を取り合って「ヒトの遺産」を守っていくわけですが、ヒトの残した物語がすべて良いものかってーとそうではないというのが第7話。『月刊 マー』(むー)を予言書として奉るポン子さんは同時に「自分たちを守るためには高度に武装化しなければならない」という主張で突っ走ります。で、結果として大きな代償を支払うことに。
でもこの「新しい故郷を追われたく無い」という願いは、純粋で切実で、「安全保障」的な話の根本でもあるのですね。
bsky.app「アポカリプスホテル」第7話 なんというかとても胡乱な味つけでギャグとして料理されてけれど、ここで描かれてるのは「安全保障」についての願いと呪いの話なんだよな。
— (@ka-ka-xyz.bsky.social) 2025-05-21T09:45:19.903Z
「ヒトの遺産」を受け継ぐというのは、このあたりも引っ括めて受け継ぐという割とシリアスなお話……なの?本当に?
「遺産を守る」存在と「遺産を継承する」存在の、決裂と和解
第8話で軌道上から帰還したヤチヨさんが見たものは、昔の姿から変わり果てた銀河楼の姿、銀河楼に貢献できなくなってしまった自分、そして「銀河楼が変わり果ててしまっても、何故か経営がとてもうまく回って異星人のゲストたちから大感謝されている」という光景でした。
ポン子さん視点から見ると、「ヒトの遺産」を継承し、アレンジして発展させ、ゲストから喜んでもらえるというのは、遺産の継承者として自然なことなのです。生き物は変わっていくものであり、環境に適応する存在なのです。遺産を継承した以上は、環境に合わせて変えていくべきなのです。
一方でヤチヨさん視点だとこれは「オーナーのホテルはもうありません!」になります。彼女はホテリエロボットであり、「ヒトの遺産」「オーナーの遺産」を忠実に守るべき存在なのです。
そして、拳と拳で語り合った結果、ヤチヨさんは「銀河楼は変わっていくにせよ、根本的な価値については守る(ルームキーとかシャンプーハットとか。根本とは?)」存在として新たに自己を定義し直すことになります。
そしてこのコンビが成し遂げた偉業が、第9話の結婚葬儀披露宴で。
bsky.appアポカリプスホテル 第9話 lemino.docomo.ne.jp/contents/Y3J... 人類が一人も居ない場で、それでも人類が残した文化を基にして式典が進行していくの良いよな。いやまあ色々と間違って……じゃなく独自解釈や拡張が行われることで、文化を「保存する」ではなく「受け継ぐ」ものとして描かれる。 (一応、予告動画の範囲内での感想。範囲外での料理の仕方が今回もかなり強烈)
— (@ka-ka-xyz.bsky.social) 2025-06-04T05:18:25.249Z
この回では、ヒトの残した文化が、「守る」だけではなく「継承し、発展させていく」ものとして描かれます。たとえその担い手がヒトでは無くても、いやむしろヒトだと出来なかった発展の方向性がある。そして、ヒトが世界から去ってしまっても、それでも素晴らしいものが残るという希望があると。
いやまあ、絵面としては完全に不謹慎ギャグなのだけれど。
受け継ぐ事が出来ないもの、あるいは出来なかったもの
で、第10話なんですが、これは結構シリアスな話だと思ってて。
bsky.appアポカリプスホテル 第10話 www.nicovideo.jp/watch/so4507... ニコニコでも出たのでネタバレ感想。 ヤチヨさんが内的な倫理観を持たない(というか「銀河楼と銀河楼十則とオーナーの願いを守る」ことにしか価値を置いていない)一方で、人類の残した映画が「罪は隠すな、償え」と訴える構図がとても良い。 サイコホラー風に味付けされたドタバタコメディーではあるのだけれど(コメディーなので死因は仄めかされるもののあんま重視されない)、それはそれとして「ヤチヨさんがヒトから受け継がなかった、あるいは受け継ぐことが出来なかったもの」を描く結構シリアスな話でもある……の?本当に?
— (@ka-ka-xyz.bsky.social) 2025-06-14T02:28:18.950Z
「この星では映画と言われるもので、地球の倫理観を理解していただくため、御覧頂いています」とヤチヨさんは言うのですが、一方でヤチヨさん自身は明らかにこの映画で描かれる倫理観(「隠蔽するな」)を内在化していないのですよね。こういう倫理観を「ヒトの遺産」として残すために行動する一方で、自身はそれを全く持たない。「ヤチヨさんがヒトから受け継がなかった、あるいは受け継ぐことが出来なかったもの」を描く結構シリアスで悲しい話でもある……の?本当に?自分、タヌキに化かされてない?