松井 孝典「スリランカの赤い雨」感想(正直お勧め出来ない)
を読んで興味を持ったので買ってみた。いやhonzの感想文は今となってはほぼ勇み足ということで決着がついてるヒ素細菌(GFAJ-1)に言及してたりとか色々怪しげではありますが、それもまあ暇つぶしに良いかなと思って買ってみたものの想定以上に期待外れだったので思いの丈を書いてみた。
パンスペルミア説とわたくし(反省文風タイトル)
パンスペルミア説とは、平たく言うと宇宙空間に微生物サイズの生物が居たり、あるいは生活圏としていたりするんじゃないかっていう説です。こういうアイデアを扱ったSFは色々あって、例えば自分が読んできた中だと。

- 作者: マイクル・クライトン,浅倉久志
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/04/06
- メディア: 文庫
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事件はアリゾナ州の小さな町、人口48人のピードモントで起きた。町の住人が一夜で全滅したのだ。軍の人工衛星が町の郊外に墜落した直後のことだった。事態を重視した司令官は直ちにワイルドファイア警報の発令を要請する。宇宙からの病原体の侵入――人類絶滅の危機にもつながりかねない事件に、招集された四人の科学者たちの苦闘が始まる。
古典的な作品ではあるけれど、全く異質な生命体に対して手探り状態から研究を進めていく描写は今でも面白い。

- 作者: グレゴリイベンフォード,デイヴィッドブリン,山高昭
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1988/01
- メディア: 単行本
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2061年、エドマンド・ハレー号は、近日点通過のあと再び太陽系外へと向かうハレー彗星核とのランデブーに成功した。調査隊400人のメンバーは、これから彗星に乗って、約80年におよぶ調査研究の旅にでるのだ!地下における居住・研究施設の建設、旅のほとんどを隊員が眠ってすごすためのスリープ・スロット、および軌道制御用ランチャーの設置…。やるべき仕事は山のようにあった。だが、ほとんどの隊員が無事眠りにつき、第一当直が万事順調にスタートしたと思われたまさにその時、怖るべき災厄が隊員たちを襲った。現代米SF界を代表する二人による傑作ハードSF巨篇。

- 作者: グレゴリイベンフォード,デイヴィッドブリン,山高昭
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1988/01
- メディア: 文庫
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2092年、ハレー彗星調査隊は絶滅の危機に瀕していた。遺伝子改造を受けた新人類である“パーセル”とそうでない人類“オーソ”間の対立による調査隊の分裂、彗星土着生物による疫病のためにつぎつぎと斃れていく隊員たち、地球へ帰還するためにはぜひとも必要な軌道制御用〈小突き〉ランチャー建設の遅れ…しかも、彗星生物に汚染された調査隊の帰還を望まない地球政府は、ひそかにハレー彗星破壊のための陰謀をめぐらしていたのである!現代アメリカSF界を代表する二人が、最新の科学データをもとに見事に描きあげた、スリルとアクションに満ちた傑作ハードSF巨篇。
ヒトと彗星生物とが共生し、アルファ・ケンタウリまで、そしてさらに彼方へと続く「オールト雲生物圏」を築いていくっていうビジョンは凄いよ。

- 作者: グレゴリイベンフォード,山高昭
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1988/08
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太陽系最大の惑星―木星。神秘に満ちたこの巨大惑星に、果たして生命は存在するのか?この問題の究明こそ、地球を遥かに離れ、木星軌道上をめぐる観測ステーションで暮らす人々にとって、最重要の課題だった。木星をとりまくメタンやアンモニアの大気の奥深くにまで、いくつもの探査機が投入された。だが生命はもちろん、その存在を暗示する証拠すら、なにひとつ発見されなかった。ついに地球の国際宇宙局は、経済的な理由からプロジェクトの中止を決定したが…。科学者作家ベンフォードが最新の科学知識をもとに迫力あるタッチで描きあげた『アレフの彼力』の姉妹篇!
木星大気は豊富な有機化合物、適度な温度、雷による化学反応という生命発生の条件が整っていると言われていますが、この本の面白いところは帯電した木星大気微生物が大気の"噴火"によって木星の磁気圏に沿って撒き散らされ、木星周辺の宇宙を含めた生態圏を形成してるっていうアイデア。
ここで取り上げた作品はパンスペルミア説に沿ったSFのほんの一部ではありますが、惑星間・恒星間の空間が実は意外と豊穣な生物圏かもしれないっていうアイデア自体は凄い面白いと思います。
また、パンスペルミア説はSFに限った話でも無く、特にALH84001隕石の発見以降、主流では無いにせよそれなりに説得力を持つようになっています。
例えば

- 作者: ピーター D.ウォード,長野敬,野村尚子
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2008/05/24
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とか面白いですよ。地球生命の火星起源説(生命発生時の地球よりも当時の火星のほうがRNAワールドが発生する条件が揃っていたはずっていう仮説)とか。
地球の生態系は外に閉ざされた孤独な存在ではなく、惑星間やあるいは恒星間に開かれた生態系かも知れないっていうイメージは脳汁出まくります。
「スリランカの赤い雨」のダメなとこ
さてここからが本題です。
自分としてはパンスペルミア説について(流石に「百日咳は彗星由来」とか極端な話を除いて)ある程度有り得る話ではあると思ってるんですが、「スリランカの赤い雨」は正直受け入れ難い。

- 作者: 松井孝典
- 出版社/メーカー: 角川学芸出版
- 発売日: 2013/11/23
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著者の主張としては
- スリランカやインドで観測された「赤い雨」騒動は隕石に由来する現象である
- 「赤い雨」(青かったり黒かったりする場合もある)の色は、雨水中に居る細胞っぽいの微小物体(著者は「細胞」と言い切ってるけど)によるものである
- この微小物体は宇宙から来た生命体である
と言った感じです。また本の後半はフレッド・ホイル氏とのパンスペルミア説についての共著もあるチャンドラ・ウィックラマシンゲ氏との対談となっています。
ところで本筋から外れますが、amazonで"チャンドラ・ウィックラマシンゲ"と検索すると・・・アヒャ。やっぱフレッド・ホイル氏の守護霊とか呼び出してたりするんでしょうか。あんまり関わりたく無いですが。
で、話を元に戻しますが。
「赤い雨」に含まれている細胞っぽい見た目の微小物を「宇宙から来た生命である」と主張するのであれば、写真とかでお茶を濁すのではなく
- 自己複製の有無(増えるかどうか)
- エネルギー代謝の有無(培地中の成分を消費するかどうか)
- 本当に宇宙由来なのか(地上の微生物がコンタミしてるだけなんじゃないか)
ぐらいは確認した上で「宇宙から来た生命である」と言うべきだと思います。少なくともこういう現象を確認せずに「見た目が生物っぽいから宇宙生物」というのは根拠が薄弱です。てかマイナー学説なんだから突っ込まれるようなあやふやなことせずにガッツリ証拠固めようよ。それっぽい写真だけで証拠にするってのは、90年代の学研「ムー」で見飽きたよ。
1, 2を検証するには培養で増えるかどうか、培地中の成分を消費するかどうかを見ればいいはずですが、地球外の生命体を普通の条件で培養できるかどうかは微妙なとこではあります。例えば、遺伝情報の媒体としてDNA以外の物質を使用しているかもしれないですし、その生命を構成しているタンパク質の構成要素であるアミノ酸が地球のものとは全く違うために、通常の培地では培養出来ない可能性もあります。それに、そもそも地球の生命のような炭素ベースの生命ではなく化学特性の似たケイ素や硫黄をベースにしている可能性だってある。
しかし、著者の松井氏はホイルやウィックラマシンゲ氏の説を引き、宇宙からの微生物が疫病の発生や人類進化に影響を与えていると繰り返し書いています。それってつまりはDNAのコドンやアミノ酸が地球上の生命と完全互換であるってことであり、もし本当に「生物っぽく見えるもの」がそのような互換性を持つ生命であれば、(地球上の細胞を培養するように)通常の培地で培養できるはずです。まあウイルスのように複製能力を他者に頼ってるような「生命」(ウイルスが生命かどうかっていうと定義上は生命とは言い難いので、とりあえず括弧書き)だと確認が難しいですが、それでも適切な実験をデザインできるはずです。
3については検証は中々厳しくて、もし本当に地球上の生物と外から来た生物が完全互換であるなら、区別の付けようが無い訳で。彗星核に探査機送ってサンプルリターンでもするぐらいしか検証方法を思いつけません。
まあ、1,2だけであればまだ普通の大学でもやれそうではありますが、そういう検証をせず(あるいは検証の試みやこれまで取得できたデータを出さず)「生命である」と言い切ってしまう著者の姿勢には正直ついて行けません。
後半の対談では「宇宙ガイア」とか「宇宙の意志」とか色々思弁をぶち上げていますが、そんなことは先ず証拠を固めてその後言えばいい話であって、足元の検証があやふやなままで思弁だけ発展させたら行き着く先はフィクション作家か宗教家であって職業科学者じゃ無い。
とにかくこの本には、「如何に根拠を固めていくか」という成分が決定的に不足していてイライラする。今すぐ証拠が欲しいっていうわけじゃないよ。上で書いたような「細胞っぽく見えるもの」が地球外から来た生物であるかどうかを検証するための今後の計画とか、今後同じような「赤い雨」現象が発生した場合に備えた迅速なサンプル採取計画とか、あるいはもっと長い視野で彗星核へのサンプルリターン計画やるようにNASAなりJAXAなりに働きかけを行うとか、そういう「未知のものを追い求めていく」っていう攻めの姿勢とか気概がこの本から感じられない。
ワクワクしない。