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ブリガム・アンド・ウィメンズ病院のサイトで公開されているSTAP細胞作成プロトコルについて雑感

追記1: 2014/3/21
https://research.bwhanesthesia.org/research-groups/cterm
からのリンクを確認。件の手順書がバカンティラボによるものと確認しました。「名無し手順書」と表記していましたが、「ヴァカンティ版手順書」と変更します。

追記2: 2014/3/22
結論部分をちょっと変更。

追記3: 2014/3/22
ブコメにてtriturate/triturationの訳語は「研和」ではないかとの指摘を受け、修正しました。
「破砕」だと細胞自体を破壊するように取られるので確かに誤訳ですね。

追記4: 2014/3/25
ブコメにて、「細管ピペッティングはそれほど無理ゲーではなく、行けるのではないか」とのコメントが複数挙がっています。
過去の自分の経験(先端部の直径が10~30 umぐらいの細管を作って、ピペットとしてではないけれど細胞の塊相手にあれこれやった)からしてかなり無理ゲーだと感じていたのですが、分野によっては結構有りなんですねえ。最終的にこの手順書を巡るゴタゴタがどのように決着するのかはともかくとして、面白いなあ。凄い面白いなあ。実験したいなあ・・・

追記5: 2014/3/25

手順「A5」について、以下のように解釈している所もあったので紹介。
Open ブログ: ◆ バカンティ手順の意味 Open ブログ: ◆ バカンティ手順の意味
全く賛同しかねますが、ブコメをもらっているのでリンク。
まあ、読み手が理研・小保方版手順書とヴァカンティ手順書を読み比べて各々判断すれば良いんじゃないかと。

以下本文


STAP細胞、小保方論文と異なる作製手順公表 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) STAP細胞、小保方論文と異なる作製手順公表 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

の件。読売記事から件の再現手順についてリンクはありませんが、おそらくこれ

BWH Anesthesiology Research - STAP Cell Protocol BWH Anesthesiology Research - STAP Cell Protocol

Brigham and Women’s Hospitalに置かれてるので、このドキュメントで間違いないと思います。それにしても、記事にも書かれてますが著者名が明記されてないんですよねこれ*1

一応魚拓。
https://research.bwhanesthesia.org:443/research-groups/cterm/stap-cell-protocol - 2014年3月21日 18:50 - ウェブ魚拓


取り敢えず、読んでみて色々疑問点が有るのでまとめてみます。

自分の立ち位置について

こういう方面について書くと、現役研究者なり学生なり科学ジャーナリストっぽい人なりと間違われるかもしれないので念の為最初に書いておきますが、自分は研究者じゃ無いです。世に『研究者の卵』っていう表現が有るけど、言うならば『研究者の無精卵』(賞味期限切れ)っていうか、博士後期課程単位取得退学者ですわ。一応生物系専攻だったんですが、今働いてる仕事には専攻は全く関係してません。
研究の世界について(古いものの)ある程度の基礎知識は有り、研究社会の中の人では無いって立ち位置。
ということで、ここで書いてる内容について広げたい人はちゃんと専門の人に確認するなりして裏取ってね。

手順「A5」のハードル高杉

理研が過去に発表していた手順との大きな違いは、「酸処理の前に細胞を細い管に通す必要がある」という点です。
この手順は、今回公表されたヴァカンティ版手順書では手順「A5」に当ります。また、この手順についてはextremely important(大変非常に物凄くエクストリームに重要)と書かれていますが、過去に理研や小保方チームにより公表されていた手順ではこの手順「A5」に相当する箇所はありません(この辺は後述)。

で、この手順「A5」では

ガラスピペットをブンゼンバーナーで熱して引っ張り、冷えた後で先端を潰して穴を開けるという方法で「直径100~150 μm」「直径50~70 μm」の二本の細管ピペットを作成します。
次に、太い方の細管ピペットで細胞の懸濁液(バラバラに分離した細胞が浮いてる溶液)を10分間粉砕研和(原文ではtriturateって表現です。今回の手順書では、細胞の入った溶液を細管ピペットで吸い上げたり戻したりするピペッティングという操作を繰り返すことで、細胞に刺激を与えることを意味します。本括弧内は追記3に関連する補足説明。)します。
更に、細い方の細管ピペットで15分間、溶液がスムーズに上下するようになるまで(ということは、最初の段階ではスムーズにピペッティング出来ないってことを意味してると思われ)粉砕研和します。

という手順が書かれており、続いて

This is a very important step. Do not skip this step, or take a shortcut. Again, remember to precoat a each pipette with media. Also, during trituration, try to avoid aspirating air and creating bubbles or foam in the cell suspension.

(太字は原文のママ)
と、

  • 大変重要なステップなんで絶対に飛ばしたり手抜き(近道)したりするな!
  • 細管ピペットは溶液でprecoat(事前に溶液を通しておく?)しておけ
  • 粉砕研和処理中に空気が入ったり泡が入るような事は避けてね

との注意が書かれています。

で、ここからが自分の感想です。「ブンゼンバーナーで炙って引っ張る」という手順が書かれてるんですが、こう言う方法で毎回同じような直径・形状の細管をこの手順で作るのってかなり大変なんじゃ無いですかね。

世の中には、先端部分の直径や形状を制御してガラス細管を作るための専用の機械(ガラスキャピラリープラー)が有るんですよ。例えばこんなの

PC-10 プーラー / ナリシゲグループ製品カタログ

ガラス電極作製装置

こういう機械を今回の実験で使うことが出来るかどうかというと微妙ですが(利用可能なガラス管の直径はかなり細いので、今回の用途ではピペットとしては使えないかも)、こういう機械を使って温度や引っ張る力を厳密に制御して細管を作っても直径や形状はバラつきが出ます(ただし、自分は十数年前に触ったきりなので現在はもっと進歩してるかも)。
手作業でやるとしたらさらにバラつきが出るはずで、実験の度に条件を揃えるにはかなりの職人芸が必要なはずですが、今回のヴァカンティ版手順書ではその点は触れられてません。
また、職人芸で作るにせよ機械で作るにせよ、

  • 直径や管の形状は想定の範囲内
  • 細管の途中でヒビが入っていたりしないか
  • 細管の途中にゴミが入っていないか

といった事をチェックする必要があるはずですが、今回の手順書では触れられていません。予め量産しておいてから使えそうな細管ピペットだけクリーンベンチに持ち込んだりとか、そういう手間が必要であれば手順書に明記すべきです。

あとはまあ、こんな細い管でスムーズにピペッティング出来るのかなー、この細さだと粘性の影響が無視できないよなーとか、細胞や潰れた細胞で細管が詰まりそうとか、チューブの底に先端が触れたただけでも細管が壊れそうだけど注意事項に挙がってないよなとか色々思うところはありますが、この辺は実際にやってみないと何とも言えません。


まとめると、職人芸が前提に成ってるみたいでハードル高杉って感じです。一度実験風景を見てみたい。

理研/小保方チームが発表した手順との食い違いについて

まず、事の発端に成ったNature論文では、このヴァカンティ版手順書の手順「A5」に相当する操作は以下のとおり

Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency : Nature : Nature Publishing Group

STAP by exposure to other external stimuli
To give a mechanical stress to mature cells, a pasture pipette was heated and then stretched to create thin capillaries with the lumens approximately 50 μm in diameter, and then broken into appropriate lengths. Mature somatic cells were then repeatedly triturated through these pipettes for 20 min, and then cultured for 7 days.
(後略)

ピペットの直径が違ってたりしますが、一応細管ピペッティングの話は出てます。ただし、酸性溶液に漬けるという話とは別の方法として紹介されています。今回のヴァカンティ版手順書では、細管によるピペッティングは超重要("extremely important")であり、この手順は重要なんで飛ばすな!手抜きするな!("This is a very important step. Do not skip this step, or take a shortcut.")と、酸性溶液に浸すという手順とセットでないと意味が無いと言う話だったんですが、小保方氏のNature論文では、あくまで別の手法の話として扱われてます。(もっと言うと小保方氏の博士時代の論文とも矛盾が出そうですが、今回は触れません)

今回の名無し手順書が本当にヴァカンティラボから出たものだとしたら*2共著者との間で結構根本的な部分での意見の統一が無い状態で論文書いてるのか、あるいは必要不可欠な手順についての情報を故意に伏せていたのか……どちらにせよ結構アウトな気が。*3


で、上記Nature論文について疑惑が寄せられ、さらに再現に失敗したという報告が重なった結果として、理研が下記の手順書を公開しています。
http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/pdf/14/protocol_exchange_v1.pdf

この手順書を元に小保方氏がnatureで公開した手順書がこちら。
Essential technical tips for STAP cell conversion culture from somatic cells : Protocol Exchange

両者とも、酸溶液に浸す前の手順として下記の記載があります。

1. To isolate CD45+ haematopoietic cells, spleens were excised from 1-week-old Oct4-gfp mice (unless specified otherwise), minced by scissors, and mechanically dissociated using a Pasteur pipette.

パスツールピペットでバラしてね」っていう書き方のみ(今回のヴァカンティ版手順書では手順「A4」に相当?)。後ろの方の注意書きにも特に記載は有りません。今回のヴァカンティ版手順書の手順「A5」に相当する操作が一般的な"dissociate"に入るかどうかって言うと、少なくとも生物系の人から見ると入らないと思います。
上記の理研・小保方チームが手順書を公開した背景としては、論文の内容について疑問が持たれており、早く誰か第三者に再現してもらわないといけないという状況がありました。つまり、理研・小保方チームとしては故意にextremely importantな手順を伏せる理由は全く無かったはずです。


まとめると、理研/小保方チームが書いてる手順では、今回のヴァカンティ版手順書で必要不可欠なものとされている手順が抜けてます。ヴァカンティ版手順書に従って本当にSTAP細胞が作成できるかどうかはともかく(再現にはかなり職人芸が必要そうですが)、理研/小保方チームの手順書とヴァカンティ版手順書の内容は別物だと思います。

以下追記(追記2を参照)

というか今回の手順書内容、特に手順A5が必須であるという記述が正しいとすれば小保方手順が(Nature論文も)成り立たず、じゃあヴァカンティ教授の共著者としての責任はどうなるっていう話になります。
逆に内容が正しくない(つまりこの手順自体が偽造である)場合、何故ヴァカンティラボHPからリンクされてるのかっていう話になります。

つまりは、理研/小保方チームの手順書とヴァカンティ版手順書の内容は別物というより、どちらも内容的に灰色である上に相矛盾するものだと言ったほうが良いかも。

いずれにせよ、もし自分が学生で手順A5を再現しろって言われたら、ラボからの抜け出し方を真剣に考えると思う。それぐらいハードル高杉というか無理ゲーに見える。

*1:追記1参照。一応ヴァカンティラボHPからリンクされている以上、ヴァカンティ教授の責任で公開されているものとみなして話を進めます。

*2:ヴァカンティラボのものであると確認しました。

*3:可能性としては論文出版後にA5が必要だと判明したっていうケースもあり得ますが、じゃあ「extremely important」であり必要不可欠なはずの手順抜きでSTAP細胞を作成出来ていたのかという話になります。