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モンタネッリ「ローマの歴史」読了

読書

3/22の続き。

ローマの歴史 (中公文庫)

ローマの歴史 (中公文庫)


この本は基本的に、著者(50年代イタリア人)の視点から古代ローマの歴史へツッコミを入れまくるスタイル進んでいきます。「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」様でも”あまりのミもフタもなさ”と言われているが、激しく同意。例えばこんな感じ。

この条約の正文の冒頭には「天地の位置が変わらぬ限り、ローマと他のラテン諸国の間の平和を続けねばならぬ」と力強く訴えられている。
百年足らずの後、天地の位置は少しも変わらぬのに、ローマ共和国は再び王政時代の戦争政策を取り、ラテン諸市を徹底的に破壊し、泣くための目さえ残さなかった。

全編このノリで進んでいきます。面白くないわけが無い。そしてそのツッコミはテキトーな記述を繰り返す古代の史家にも及ぶ。

それから熱狂的な歓声が爆発し、折から空を飛んでいた鴉の一群がその叫びに驚いて地上に墜落、折り重なって死んだ、とプルタルコスが書いている。プルタルコスはいつもこの調子でしごく良心的に事実を伝えてくれる結構な歴史家である。

訳者あとがきで、”ディオクレチアヌス以降の記述が大変駆け足になっているのは残念だが”とあるが、おそらく「瀕死の状態のボケ役にツッコミを入れても面白くないから」という理由で駆け足になったに違いない。(ツッコミとはボケに権威や実力があるからこそ生きるのであって、弱い立場の人間に一方的に入れるツッコミは単なる暴力だ)
著者が何故ツッコミ路線を取ったかというと、無責任な憶測だが、当時のイタリアで教育されていた古代ローマ/ラテン文学への権威付けに対するアンチテーゼの意味合いも有ったのでは無いかと思う。
一方、塩野本(「ローマ人の物語」)では、「現代人が脳内エミュレートした古代ローマ人エリートの視点から、現代人に対してローマの歴史を物語る」というスタイルをとっているような感じ。このスタイルがプラス方向に働けば異常なまでの臨場感を生み、マイナス方向に働けば「惚れてしまえばあばたも笑窪」となる。
まあ、どっちのスタイルにしろ、史学やってる人からは嫌われそうだ。

ただ、モンタネッリについて一つだけ気になったのが宗教の取り上げ方。出版当時の時代背景(50年代イタリア)が有るにせよ、古代ローマとその多神教への容赦ないツッコミと比べて、古代キリスト教の取り上げ方が甘すぎないか?と多神教文化圏の住人としては苦言してみる。