国防軍潔白神話の生成

国防軍潔白神話の生成

国防軍潔白神話の生成

軍ヲタ、ミリヲタでない方にはピンと来ないとは思いますが、「第二次大戦時のドイツ軍」というサブジャンルは、抜群の人気を誇っています。(この辺は日本だけではなく米英でも同様のようです。ただしフランスとか東欧・ロシアでの事情は良く分かりません。)

で、この人気の背景にあるのは

  • 電撃戦」に代表される革新性。作戦の素晴らしさ
  • 圧倒的に不利な戦況の中、常に敵に大きな損害を与えながら負けてしまったという判官びいき
  • ドイツメカの独特の造形

といった点も有りますが、やはり

  • 「現代のゲルマン騎士」戦争犯罪を行わず、正々堂々と戦うドイツ国防軍カコイイ!
  • ヒトラーは悪だが国防軍(と武装SS)は悪くない。むしろ国防軍はヒトラーと反目状態であった(カイテル等の一部腰巾着を除く)

という一種独特の史観が定着していることが大きいと思われます。
まあ、ソ連が崩壊した後は旧東側の史料がそれなりに入って来た結果、こうした史観は徐々に力を失ってきていますが。

この本は、このような史観(軍ヲタ的には「パウル・カレル史観」と書いた方がピンと来る)が形成された経緯についての著者の論文・紀要をまとめたものです。

まあ乱暴にまとめてしまうと

  • 旧ドイツ国防軍関係者:自分たちの行ったことの正当化と戦後の生活を守りたい。
  • 西ドイツ政府:東西冷戦の真っ只中なので再軍備を急ぎたい。そのためには旧国防軍関係者を悪者にしてはならない。
  • 米英:将来予想される第三次世界大戦のため、旧国防軍関係者と協力して独ソ戦のノウハウを吸収したい。もちろん西ドイツには早めに再軍備してもらいたい。

と、このように関係者の利害が一致した結果、「悪いのはヒトラーとナチスです、一般のドイツ人や旧国防軍は悪くない」という史観が形成されたという内容です。

いやほんと、旧国防軍関係者が米軍にレポートや叙述を提供する際には、旧国防軍将官で構成される「統制班」を通さねばならず、

「かつての至上の上官に対する個人的忠誠と服従と感謝の念を歴史叙述の際の基本方針として義務づける」

ことが求められる始末。いやまあ日本の「戦史叢書」(防衛庁の公刊戦史)でも旧軍人が編纂したために、当時はまだ存命中の元上官への批判が出来なかったなど、同じような問題が指摘されてはいますが、ドイツの場合は政府ぐるみでやってますからねえ。

東ドイツ側はこのような動きとは無縁でしたが、こっちはこっちで「ソ連にとって都合の悪いこと(独ソ開戦前のドイツ・ソ連の親密な外交政策、赤軍大粛清、開戦初期のボロ負け、対戦終盤のソ連軍によるドイツ民間人への不法行為、ドイツの捕虜となったソ連軍人に対するソ連政府の対応、等等。多すぎ)は書くな!」というタブーが存在し、実質的にはソ連の代弁しか出来なかったため、西側諸国からはほぼ無視される状態でした。つか五十歩百歩だな。

そして個人的に気になったのは、西ドイツの一般人がこのような史観を本気で信じていたらしいこと。「国防軍潔白神話」に対する異論が本格化するのは、ドイツが統一され、ソ連も崩壊し、旧東側の史料が入ってくるようになってからです。分断国家で冷戦の最前線な上に、第三次世界大戦にでもなったら確実に本土が戦場になるという冷徹な現実の前には、史観なんてどうでもよいって気もしますが。

また、巻末の書評で紹介されている「恩賜と奉公:エリートたちへのヒトラーの贈与」
Dienen und Verdienen. Hitlers Geschenke an seine Eliten
も面白そうです。邦訳が出たら絶対買います。
レープやグデーリアンといった、従来はヒトラーと対立してきたと言われていた国防軍の高官が、実はヒトラーから莫大な額の下賜金を受け取り(というか、彼等の方からヒトラーに対して「下賜金下さい」という申請を出し)、農場や地所の購入に当てていたという事実があるらしいです。一応まあ法律的には問題無いらしいですが、ヒトラーと国防軍との表面的な確執の裏で、現ナマが飛び交っていたというのは興味深い。

追記(20110527)

総統からの贈り物 ヒトラーに買収されたナチス・エリート達

総統からの贈り物 ヒトラーに買収されたナチス・エリート達

買わねば。