益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』感想


正直な所、「微妙だ」という感想はあんまり力を入れて書きたくない。ただ、


を読んで、絶賛だけで終わるのはちょい違う気がするなあと思うのでちょっとネガティブな感想をまとめておきます。
この本を読んでいて一番引っかかったのは、科学者の戦争協力についてのこの文章

私がまだ学生だった頃、量子電磁力学の分野でノーベル賞を受賞した朝永振一郎博士が戦時下に書かれた論文を読んで、いたく感銘を受けたことがあります。朝永先生は戦時中、電波兵器の研究に動員されていました。「私はそんな研究に加担したくない」などと、戦時下での動員に抵抗すれば、たちまち非国民として投獄されてしまいます。
朝永先生も強制的にそうした研究に従事させられたわけですが、私は先生の論文を読んでいて、はたと膝を叩きたい思いに駆られました。量子力学を知っていればわりと簡単に見抜けることなのですが、電波の出力の関係を解析する部分を、限りなく一般的なところでまとめ、核心部分をうまくごまかしていたのです

以下、この文章についてTwitterでつぶやいていた感想のまとめ・補足



第二次大戦中の日本だと、自分の親族や隣近所の顔見知りな人たちが徴兵され、「敵」に殺されて死亡通知すら戻ってこないのが当たり前な状況でした。さらに1944年以降だと戦争に直接かかわらない市民が戦略爆撃で殺されていた訳です。そういう状況下で、本書の表現を借りれば"科学者である前に人間として"の観点から「自分の協力によって顔見知りの死や同胞の死を少しでも減らせるかもしれない」という発想が出て来るのはヒューマニストとして極自然なものではないでしょうか。
仮に上で引用したエピソードが事実であり、実際にサボタージュが行われていたとしたら、それはすさまじい苦悩の末の判断だったと思います。しかし………本書ではそのような苦悩が有ったのではないかということに触れられず、単純に素晴らしいサボタージュであり「本来の科学者の知恵」であると絶賛されています。


この本で一番危なさを感じるのはこの辺の話で、「自分の戦争協力によって顔見知りの死や同胞の死を少しでも減らせるかもしれない」という状況に追い込まれるかもしれないという可能性を考えていないように見えるところです。世論や状況が変わり、民間人の犠牲者が出た時には真っ先に戦争協力するんじゃないか的な気がします。それが良い・悪いという判断についてはここでは置いておくとして。


ファインマンがロスアラモスでの原爆開発に関わっていたことは本人が自伝で(物凄いノリノリに)書いていて有名ですが、彼も別に狂信的な国粋主義者でも無い訳で、戦時の高揚ってそういうものだと思うのです。ただ、この本では愛国心の甘美さとか戦時の高揚感、周りみんなが傷つく中で戦争に協力しないことへの罪悪感といったあたりのことについてはほぼ無視されていて危うげな気がします。

あー、あと蛇足ですがフリッツ・ハーバーが毒ガス開発に邁進した盲目的愛国者としてやり玉に上げられているあたりは

という背景について無視されてるのもなんだかなーという気がします。この辺は

毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者 (朝日選書 834)

毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者 (朝日選書 834)

に詳しいのでお勧め。