池田 徳真「日の丸アワー ― 対米謀略放送物語」感想

日の丸アワー―対米謀略放送物語 (1979年) (中公新書)

日の丸アワー―対米謀略放送物語 (1979年) (中公新書)

第二次大戦中、米英の反戦・厭戦気分を盛り上げるために、陸軍参謀本部により米英軍捕虜によるプロパガンダ放送「日の丸アワー」が放送されました。

著者は「日の丸アワー」放送の放送主任として立ち上げに関わり、その際の経験を基に傑作「プロパガンダ戦史」(過去に書いた感想)を描き上げることとなりますが、本書では「日の丸アワー」放送に関わる実体験と、戦後の戦犯裁判について語られています。

『陸軍参謀本部直属の謀略放送センター「駿河台分室」』と書くと何やらカッコ良さげですが、放送までの準備期間は僅かに一ヶ月半。捕虜に原稿を読ませる方法を採用しますが、捕虜が駿河台分室へ移送されてきたのが放送日の前日で施設の警備用ゲート(というか木の扉)すら完成しておらず、禄に事情を説明しないままでリハーサル。翌日にほぼぶっつけ本番放送と、謀略放送戦略もへったくれも無い感じです。
それにしても、相手に聞いてもらわないといけないはずの番組のタイトルが「日の丸アワー」ってのはちょっとどうかと。先ずタイトルからして普通のアメリカ人が聞きたいと思わないような。(「東京ローズ」で有名な「ゼロ・アワー」とは別番組)

「日の丸アワー」の放送内容がこれまた日本の立場に立った「ニュース解説」と厭戦気分を煽るための「反戦ラジオドラマ」という、一般人にはあまり受けなさそうな内容。反戦ラジオドラマについては、特高警察に負われてる左翼運動家と接触して発禁対象の台本を入手したり(参謀本部直属機関でこういう事をやってるエピソードはかなり面白い)と色々面白いエピソードはありますが、「プロパガンダ戦史」で語られていたような原則とは異なり、押しが強すぎてどうにも相手に聞いてもらえないんじゃないかという印象が強いです。

著者は昭和19年2月に「日の丸アワー」放送主任から「英文放送事前監査室」(日本から海外へ放送される一般ニュース放送等の事前検閲機関)に転出することになりますが、その直後、4月から「日の丸アワー」は「ヒューマニティー・コールズ」へとタイトルが変更されます。また、捕虜自身による本国への生存報告をメインテーマとした新番組「ポストマンズ・コールズ」が開始されました。戦闘中行方不明になった人の家族にとって、聞く以外に選択肢が無いような「刺さる」番組内容です。

・・・・・・どうも著者の転出とタイトル改変・番組改編のタイミングを見る限り、著者の池田氏は(理論面はともかく)謀略放送の実践/実戦にはあんまり向いてなかったんじゃないかなーという疑いが拭えません。

また、本書の半分ほどは戦後の戦犯裁判について書かれていますが、この部分がどうにも馴染めないというか、著者の池田氏は「日の丸アワー」放送への強力を拒否した捕虜に対する扱いとして

「日の丸アワー放送の秘密を知った彼を、キャンプに戻しては困ります。北海道の炭坑かどこか、彼が死ぬような所へやって下さい」

のような結構・・・かなり・・・非常に・・・マズい意見具申をしたりしてるんですが、戦後は基本的に戦犯裁判の対象外なんですよね。証言者として米本土へ連れて行かれたりしてますが、少なくとも被告には成っていない。
しようが無いと言えばしようが無くはありますが、制服組や放送に協力した捕虜が人生終わってるのに、元放送主任が何も裁かれないっていうのは何とも後味が悪い。

・・・とは言え、対米英謀略放送の当事者が書いた資料ということで、読んで損は無いと思います。