邦 正美「ベルリン戦争」感想

邦 正美「ベルリン戦争」を久々に読み返したので感想。

ベルリン戦争 (朝日選書)

ベルリン戦争 (朝日選書)

著者の邦氏(2007年に死去)は舞踊家としてかなり高い評価を受けていた人らしく、現在と違って留学へのハードルが非常に高い1930年代の前半、ドイツに留学することになりました。この時期はちょうどナチ(NSDAP)が政権を取り、組織的にユダヤ人迫害を始めた頃と重なります。本書は、ドイツがややきな臭くなり始めた頃から1945年のソ連軍によるベルリン占領までのベルリン生活を綴った日記を基に書かれたものです。

ユダヤ人迫害を目撃した日、ポーランド進攻により第二次大戦が始まった日、周囲のユダヤ人が突然「失踪」していく体験、そして米空軍の爆撃が常態化し、ついにはドイツ国内での地上戦が当たり前となり、最後にはベルリンに赤軍が突入してくる・・・いつもと同じ日常の中で「なんかヤバイ」な感覚が少しずつ増していく中で麻痺していき、最後にはどうしようもない破局へ行き着くというあたりの描写がリアルというか何というか。
また、他の手記と違って面白いポイントは、著者の立場です。軍人ではなく、舞踏家として留学中の一般人(ホントにそうなのかな~という部分は有りますが、そのへんは後述)であるため、ベルリン市民や日本大使館関係者・軍人とはまたちょっと違うというか、一種傍観者的というか、日本のシビリアンがベルリンでどういう立ち位置だったかという部分は面白いです。
例えば列車で旅行中にゲシュタポによる荷物検査有ったりするんですが、このときドイツ人やイタリア人は結構取り調べされるものの著者はほぼフリーパスだったりとか。そういう立場を利用して著者は脱走兵やユダヤ人をかくまったり。
さらには、元ドイツ陸軍統帥部長で対ナチ抵抗運動とも関わりのあったクルト・フォン・ハンマシュタイン・エクオルドと親交があったり、暗殺計画に直接関与したハンマシュタインの息子とも親しくつきあい、暗殺未遂事件の数日前に怪しげなカバンを預かったりとか。こういう事をやってるとゲシュタポから目を付けられそうですが、はたして知人が実は古参ナチ党員でゲシュタポのスパイだったけど、ドイツの敗色が濃くなってくると「ぶっちゃけドイツもうダメっぽいから君には真実を話す」ってスパイの方から自白してきたり。

また、これは手記中には全く触れられていませんが、日本大使館から何か表沙汰に出来ないような仕事を頼まれてたんじゃないかという気もします。中立国だったスウェーデンへ数回「旅行」に行ったりとか(公にできない情報の受け渡しとかやってたんじゃないかな~)、敗戦間際に日本大使館はベルリンからオーストリアのバードガシュタインへ疎開しますが、疎開の数日前に偶然バードガシュタインへ「旅行」に行ったりとか(実は大使館に頼まれて下見に行ってたんじゃないかな~)。
そりゃゲシュタポもマークしたくなるよなというか、客観的に見たら怪しすぎます。


以下、まとめきれなかった箇所

  • 当時のベルリンには、独身の在独日本人向けに「現地妻」斡旋所っぽい場所があったとのこと。日本の陸海軍が急激に親独に傾いた原因として、(半分冗談で)「現地で女をあてがわれたから」「海軍メイドさん事件(参照: 所謂「海軍メイドさん事件」というネタについて)」って話が有りますが、こういう場所があるとドイツ側で裏のお仕事してる人達も仕事が捗るわな。
  • 1945年になってから、市民の国内移動にかなりキツイ制限がかかってきますが、一方でベルリンから米英軍占領下へと脱出する市民が増えてきます。で、無事に占領地へ辿りつけたと電話で知らせてくることもあったとのこと。
  • ソ連軍がベルリンに迫ってくると、市街戦に巻き込まれないため郊外の別荘地へ避難することになりますが、この時点では日本はソ連と戦争しておらず、中立国扱いでした。そのため、住居に日の丸飾ったりと色々「日本人アピール」を試みますが、そもそも末端の兵士は文字も読めなきゃ日本国の存在すら知らないので略奪対象。
  • ベルリン占領時のソ連軍による蛮行についても生々しく描かれていて、精神的にちょっとキツイかも。