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宮崎駿「空のいけにえ」(サン・テグジュペリ「人間の土地」後書き)について。あと「風立ちぬ」について。

家庭内の諸般の事情により、「風立ちぬ」の試写会を見てきた。

風立ちぬ 公式サイト 風立ちぬ 公式サイト

小さなお子様向けとしてはちょっと厳しい気がするが、大人向けジブリアニメとしてはこれまでの最高傑作な気がする。ブルーレイが出たら条件反射で買う自信がある。
ただ、現時点で作品内容について語るのはいくら何でもフライング過ぎるだとということで、サン・テグジュペリ「人間の土地」後書きとして書かれた宮崎駿「空のいけにえ」を取り上げてみます。

人間の土地 (新潮文庫)

人間の土地 (新潮文庫)

わずか数ページのエッセイですが・・・空を飛ぶことへの純粋な憧れ、そして黎明期から兵器として宿命付けられた航空機開発の歴史。エースの栄光、一方で、まるで空への供物のように殺されていく「その他大勢」の若者たち。ふとした悪天候により簡単に墜落していく戦間期の郵便機、第二次大戦後の、「誰でも飛べる」大量輸送時代の到来。叶えられた夢、失われた夢、夢を叶えるためにひたむきに努力するヒトの凶暴さ・・・・・・といった内容が濃縮されています。
また、このエッセイには「風立ちぬ」の元構想的な側面も有り・・・というか直接の関係は全く無いんですが、「兵器としての」飛行機を、「兵士としての」飛行士たちを、その愚かさコミで愛してしまう(または愛さざるをえない)という、「風立ちぬ」製作のきっかけとなったと言われる宮崎駿氏の葛藤がダイレクトに語られており、興味があれば事前に読んでおいても損は無いと思います。

飛行機好きのひ弱な少年だった自分にとって、その動機に、未分化な強さと速さへの欲求が有ったことを思うと、空のロマンとか、大空の征服などという言葉では誤魔化したくない人間のやりきれなさも、飛行機の歴史の中に見てしまうのだ。

飛行機の歴史は凶暴そのものである。それなのに、僕は飛行士達の話が好きだ。その理由を弁解がましく書くのはやめる。僕の中に凶暴なものがあるからだろう。日常だけでは窒息してしまう。
今日、空には線がいっぱいひかれている。軍用の空域やら、大型機のなんとかとか、なんとかの飛行制限とか安全性のためのなんとかの線だらけ。地上の役人に管理されながら飛ぶのが、僕達の空になってしまった。
人類が未だに空を飛べなくて、霧の峰が子どもたちの憧れのままだったとしたら、世界はどう違っていただろう。飛行機を作って手に入れたものと、なくしたものとどちらが大きいのだろうかとも考える。凶暴さは、僕等の属性のコントロール出来ない部分なのだろうか。

余りに美しく、儚いあの機体。天国でもあり地獄でもある、あの大空。




追記1:自分で書いたとは思えないぐらいポエジーな文章になってて我ながら戦慄した。これがジブリの威力か。

追記2:航空戦史家として評価の高い渡辺洋二氏は、過去に著作の後書きのなかでアニメーター志望だったと書いていたり、ジブリ映画の飛行シーンを絶賛してたりしましたが、「風立ちぬ」についての渡辺氏の評価を知りたいところです。引退声明を撤回して「零戦戦史」の続きを書いてくれたりしないもんかなー。

追記3:物語の軸として、ここでは触れられていない、一般向けにとっつきやすいもう一つの軸が有って、そっち方面に焦点を当てて見てると評価が割れるかも。