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「伊号潜水艦訪欧記」感想

色々と面白かったので感想。

伊号潜水艦訪欧記―ヨーロッパへの苦難の航海 (光人社NF文庫)

伊号潜水艦訪欧記―ヨーロッパへの苦難の航海 (光人社NF文庫)

潜水艦でドイツまで行くことになった背景

第二次大戦中、日本とドイツは同盟を組んでいましたが如何せん距離が遠い。機密情報(兵器の設計図とか)のような無線通信ではやり取り出来ない情報、兵器の現物、人物、戦略物資などをやり取りするには地球を半周して行き来する必要がありました。
ソ連が中立国であった時期だと、まだシベリア鉄道経由の陸上ルートを使用して人の行き来が出来ていましたが、独ソ戦が始まると流石にこのルートは使えません(厳密にいうと、日本人であれば中立国経由でソ連に入ってシベリア鉄道経由で・・・というルートも有りますが)。
また、イタリア空軍機を使って欧州から満洲国まで航空ルートを使用して行き来することも可能でしたが、それも航続距離の関係からソ連領空を通過しているので当時まだソ連と開戦していなかった日本にとっては外交的に危険なものでした。日本からも飛行機を飛ばしましたが、途中で消息不明(キ77)。
次に海ルートですが、流石にイギリス本土付近の濃密な哨戒網をすり抜けてドイツ占領地域へたどり着くのは無理ゲーです。
そこで最後に残ったのが潜水艦。当時の潜水艦はまだ潜りっぱなしで航行できる船ではなく、緊急時限定で潜れるだけという船でしたが、それでも普通の船と比べれば見つかり難さは段違いです。

ということで、ドイツと連絡を取るための「遣独潜水艦作戦」が開始されました。


この辺の経緯や苦労については、吉村昭「深海の使者」がまとまっていてオススメ。

深海の使者 (文春文庫)

深海の使者 (文春文庫)

「竜宮紀行」

さて、「伊号潜水艦訪欧記」の内容へ入ります。
「伊呂波会 (編集) 」となっていますが、内容の7割ぐらいは、第四次遣独艦 伊-29便乗者の田丸直吉技術中佐(ドイツ派遣時は技術少佐)による手記「竜宮紀行」です。これが実に面白い内容で、読み応えがあります。
当時の日本海軍の技術士官は海軍兵学校卒ではなく一般大卒(文中に「東京大学を卒業」とあり)です。兵科の士官による手記だと、どうしても作戦、戦術・戦闘に主眼を置いた手記になりがちですが(それはそれで大変価値のある資料ですが)、兵学校卒で無い人が書く手記は一般的にもっと視野が広い印象があります。しかも田丸技術中佐の専門は電波兵器(無線通信とかレーダーとか。当時のハイテク分野)。日本の最先端電子技術を極めた技術者が、ドイツの技術をどう見るのか・・・ということで、面白かった部分をピックアップ

Uボートの代表的な出撃港だったロリアン軍港は、連合軍の度重なる爆撃で無人状態となり、労働者は郊外から電車通勤していたとのこと。また、Uボートブンカーの電力はブンカー内で発電しており、外部に依存せず作業を行えるとのこと。
この辺の支援体制含めた観察は流石技術者。

  • メトックス逆探装置問題について

当時、Uボートにはレーダー照射を逆探知するための「メトックス」逆探が装備されていましたが、この装置から微弱な電波が漏れ、連合国の飛行機から探知されてかえって危険になってしまうという判断により使用が禁止されてしまいました。
しかし「メトックス」逆探が本当に電波を漏らしていたのかどうかについては議論があるようです(参照: B0002962.html
この件については、田丸中佐が現物を見た上で、「メトックス」逆探が怪しいという主張には状況証拠しか無く、また設計上は確かに微弱な電波が放射される可能性はあるものの、探知されるようなレベルでは無いため事実無根としています。また、「メトックス」逆探が原因であるとされたUボート喪失の理由としては、当時のUボートが積極的に発信していた短波通信により位置を掴まれたことが原因であるとみなしています。この辺は現物を見た、しかもドイツ海軍に所属していない第三者的な専門家の意見として貴重です。

  • ドイツのレーダー開発について

田丸中佐は連合国側と比較して明らかに立ち遅れていると認識しています。一方でドイツが鹵獲した連合国のH2X航空レーダー(ドイツ側名称"Meddo-Gerate")を評し、"これこそ本当の電波探信儀(レーダー)というべきであろう。"、"ほぼ完璧なレーダー"と絶賛。また、ドイツ側の研究開発体制についてもトップダウンの組織変更により混乱していると結構辛い評価。

  • ベルリンの市民生活

田丸中佐は伊-29で日本へ帰らず、その後ベルリンで一般家庭に下宿して生活することに成るのですが、こちらの描写も結構興味深いです。

 ・床屋では整髪料としてポマードを使わずに糊を使う
 ・空襲警報放送システムの説明
 ・空襲で半壊した建物を観察すると、設計はかなり安普請
 ・鍵が重い
 ・果物類が非常に貧弱
 ・コーヒーやタバコが欠乏してるので物々交換で威力を発揮
 ・これでナチさえ居なければ本当に竜宮城なのに・・・

などなど。
市民生活についてはもっと細かい所で面白い部分がいっぱいあるんですが、それは本を買ってのお楽しみということで。