読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「“DNA増幅装置”を自作」記事を読んで考えたこと

17歳の高校生が弟の赤毛の要因を解明すべくビデオデッキを活用して“DNA増幅装置”を自作 - IRORIO(イロリオ) 17歳の高校生が弟の赤毛の要因を解明すべくビデオデッキを活用して“DNA増幅装置”を自作 - IRORIO(イロリオ)

を読んで色々考えたことをまとめてみる。
一応自分のバックグラウンドを説明すると、学部時代は化学工学系、院では生物系の博士後期まで行ったけど単位取得退学。今はIT系リーマン。最後に実験してからもう四捨五入で10年は経つので、今現在行われてる最先端の研究とか事情には疎い。よく「研究者の卵」っていう表現があるけど、パック詰めでスーパーに並んでる無精卵が何か言ってるぐらいの雰囲気で軽く読んでくれると有りがたいですハイ。


先ず、元記事で不足してるんじゃないかなーという情報について。元記事は凄そうだけど具体的に何が凄いのかよくわからない人向け。

“DNA増幅装置”って何よ

おそらくポリメラーゼ連鎖反応(PCR)の温度調節器だと思われ。細胞とかから取ってきたDNAから、特定の部分だけを増やす方法がポリメラーゼ連鎖反応。元記事の例で言うと、この方法を使って赤毛に関するDNAの前後部分だけを選択的に増やせたり出来る。
簡単に説明すると、「DNAのココから先を増やしたい」「増やすのはココまで」という印を付けるためのプライマーっていう短いDNAを用意して、さらにバラバラ状態のDNAと、それを材料にしてDNAをコピーするナノマシン(DNAポリメラーゼっていう酵素)を混ぜ合わせる。
このときに温度を上げ下げすることで、DNAの鎖をくっつけたり離したりという反応が起きる。DNAは普通、ペアどうしで結合した状態(二重鎖)で存在していて、この状態ではDNAをコピーすることは出来ないけど、温度を上げることで鎖の結合が解けてコピー可能な状態になる。適切に温度の上げ下げを繰り返すことで特定の場所のコピーが繰り返し行われ、DNAが増幅される。
って書いても多分説明にはならないので動画を見たほうが早い。


Polymerase Chain Reaction (PCR) - YouTube

右に出てる温度計は、温度を上げ下げしている様子を示してる。生物系の研究室だと、サーマルサイクラー(こんなの)っていう専用の機械を使う。リンク先を見ての通り個人で買うにはお高い。

「これは3Dプリンタの次に来るMake革命だ!バイオ系の株売るわ」 → 多分違う

上で説明したとおり、温度を上げ下げしただけではDNAは増えない。プライマーと、バラバラ状態のDNAやナノマシン(DNAポリメラーゼ)と混ぜないといけない。

この辺の材料はキットとして売られてる。研究室で使うのが前提なんで、100回分ぐらいでまとめて売ってる。
例: TaKaRa Ex Taq|タカラバイオ株式会社 遺伝子工学研究


追記:
かえる日記:PCR機は自作できるらしい かえる日記:PCR機は自作できるらしい
によるとキットの試供品を使ったとのこと。上手いことやったもんだ。


また、プライマーも目的とするDNAに合わせて特注する必要がある。
例: リアルタイムPCR用プライマー合成(SYBR Green I)|タカラバイオ株式会社 遺伝子工学研究

このへんを個人で買うというのは考えにくいので、大学のラボと協力してると思われます。この少年のブログに一連の報告が出てる(まだDNA抽出までだけど)ので、今後酵素やプライマーの入手についての話が出るかも。
Fred Turner | Engineering, Science and Programming – UK Young Engineer of the Year 2013

また、DNAが含まれる検体なり細胞なりをそのままPCRにかけても不純物が多すぎてマトモに反応しないはずなので、事前にDNAを精製してやる必要がある。
この工程は自宅で行ったようだ。
Setting up a Lab at Home – Part 1: DNA Extraction | Fred Turner
ちゃんとDNAを電気泳動かけてゲルから切り出しとかもやってるっぽい。

それにしてもブログに出てる自宅実験室の写真が凄くいい。理系的に萌え萌えである。

さらに、PCRで増やしたDNAについて、増やしただけでは意味が無いので配列を読んでやる必要がある(詳しくは「DNAシークエンシング」を参照、このときもまたちょっと変わったPCRっぽい方法を使うけど、省略。また次世代シーケンサとかだとPCRで増幅しないでもDNA配列読めたりするらしいけど、そのへんはもう俺にとっては謎技術なので省略)

記事の中でも

最終的な標本分析までは自宅でできず、ラボに依頼することになったが、その結果、弟には確かに赤毛の要因となる突然変異遺伝子が存在することが分かった。

と触れてある。

じゃあこの少年は凄くないの?

ここまで読んで「肝心の部分が自宅でやれてないじゃん。あんまし凄くないの?」っていう人が居るかもしれないけど。

凄いよ!

大事なことだから二度言うけど

凄いよ!

サーマルサイクラーの原理は簡単だけど実際に作るのは相当苦労するはず。学部生の頃に学生実験でこの手の温度調節器を作るっていう課題があったけど、急速に温度をあげようとしたら簡単にオーバーシュート(90度に上げるはずが100度ぐらいまで跳ね上がってその後下がる。あんまり温度が高いと酵素が動かなくなるのでよろしくない)するし、制御に結構苦労するはず。

それよりも何よりも、17歳で(おそらく)大学の研究室へ自分のやりたいことをアピールして試薬やらキットやらを使わせてもらって曲がりなりにもPCRに成功してるんだから凄いだろ常識的に考えて。将来いい仕事すると思う。

それにしても自宅ラボは萌え萌えだなあ。ファインマンの納屋ラボとかもこういう感じだったんかなあ。

バイオ系研究とブラックボックスキット

なんというか、自分の経験からいうとバイオ系研究、特に遺伝子操作周りってブラックボックス多すぎないか?という印象があります。実験操作としては、メーカーのハードウェアやキットに頼りきりな部分が大きい。
工学部に居た頃には結構「装置がなければ自分で作る」なノリがあったけど、バイオ系だとキット前提で実験しているような雰囲気があった(ただし、この辺は学部の違いというよりも、研究キット市場が出来るような規模の分野じゃ無かったという可能性もあるけど)。あと、キット化が進んでいることで泥臭い試行錯誤を最低限に抑えて実験系を早く立ち上げることができるというのも大きなメリットではあります。

でもなあ、やっぱこういう一から自分で作ってみたっていうのは良いよね。