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永井荷風「あめりか物語」感想

読書

あめりか物語

あめりか物語

この作品は1903~07年(明治36~40年)の4年間、荷風が渡米したときの旅行記ともいえる短編集。そこに移民として、あるいは会社員、留学生として暮らした日本人を中心として、当時のアメリカ社会の一断面が、鮮やかに描きだされている。明治41年、発表と同時に大きな話題となり、荷風の名を有名にした処女作。「ふらんす物語」と姉妹編をなす。

1903年(明治36年)に留学生として米国へ渡り、その後同地で邦銀へ就職した経験をもとにして描かれた短編小説・エッセイ集です。荷風が米国をどう見ていたのか・・・というよりも当時の読者がどのような米国像を持ち、を受け入れたのかと想像してみると中々面白い感じです(ちなみに、荷風自身はあんまり米国へ行く気はなくフランス行きの踏み台と見なしていたらしいですが)。

たとえば冒頭の「船室余話」(kindle版のサンプルで読めます)、米国へ渡航する途中の二人の人物が描かれていますが、そのうち一人の渡米理由はこんな感じ。

彼は最初或る学校を卒業した後、直様会社員となって、意気揚々と豪州の地へ赴いたのである。そして久振りに故郷の日本へ戻ってきたが、満々たる胸中の得意というものは出立した時の比ではない。旧友の歓迎会を始めとして、彼は至る所、合う人毎に、大陸の文明、世界の商業を説きかつ称賛した。豆のような小さい島国の社会は、必ず自分を重く用いてくれるに違いないと深く信じて疑わなかった。
(略)
しかし柳田くんは、なお全く絶望してしまいはせぬ。苦痛の反動として、以前よりもいっそう過激に島国の天地を罵倒し始めた。そして再び海外への旅の愉快を試みようと決心したのである。

まあ、こういう人はネットでもよく見ますが、どうも明治30年代から存在していた模様

また、もう一人の渡米理由は「"社内の改革に遇って解雇されることとなった"けど、妻の実家に金銭的な余裕があるし、米国で学位を取って一発逆転するぜ!!」といった感じです。現代風に言うと

「会社をリストラされたけど退職金使って米国でMBAを取得して一発逆転!!」

的な。ていうかとても明治30年代に見えないというか、逆に当時からこの辺の事情は全然変わってないんじゃないか疑惑がふつふつと湧いてきます。まあ、実在の人物あるいは理由とは限りませんが、当時の読者から見てこういう人物像が不自然なものでは無いと受け取られていたのは確かです。

この本では米国は、伝統から切り離された開放感、開かれた人間関係、あけっぴろげな自由恋愛、摩天楼そびえる大都会、垢抜けた都市生活・・・といった輝くような側面と同時に、事業に失敗して身を持ち崩した底辺の日本人移民や享楽的な中にも不安感漂う売春宿の描写などの暗い側面も合わせて描かれています。これは憶測ですが、この作品の米国生活描写はもう少し後の大正期に流行する「モガ・モボ」風俗に凄い影響を与えたんじゃないかという気が。
てか売春宿を扱った小説とか読んだ明治のおとーさん達はやっぱり「けしからん!(もっと書きたまえ!!)」的な感じに読んでたんですかね。

しかしまあ、現代から見て違和感を感じる部分もあって、なんというか荷風の書く米国模様ってどことなく『田舎から都会へ出た人が故郷へ「都会ってこういう凄いところだ」と語る』ような雰囲気があるんですよね。明治30年代ってそれこそ"海外へ行くこと"そのものが希少価値でありステータスであったので、時代背景的には当然といえば当然なんですが、流石に現代の米国に対してこういう眼差しを向ける人はまず居ないような・・・「米国」じゃなくて「シリコンバレー」だと結構居るな。