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高野秀行「アヘン王国潜入記」感想

読書

今度出た同著者の「謎の独立国家ソマリランド」を読む前に、ちょっと読み返してた感想をメモ。

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

ミャンマー北部、反政府ゲリラの支配区・ワ州。1995年、アヘンを持つ者が力を握る無法地帯ともいわれるその地に単身7カ月、播種から収穫までケシ栽培に従事した著者が見た麻薬生産。それは農業なのか犯罪なのか。小さな村の暖かい人間模様、経済、教育。実際のアヘン中毒とはどういうことか。「そこまでやるか」と常に読者を驚かせてきた著者の伝説のルポルタージュ、待望の文庫化。

この本が書かれた90年代後半、タイ・ラオス・ミャンマーの国境地帯は「黄金の三角地帯」と呼ばれ、世界最大のアヘン生産地として知られていました。何故そんなことになったかというと(凄く大雑把に書くと)

  • もともと国境が曖昧な地帯で、他国の中央集権支配がおよばず、少数民族による部族社会の伝統が色濃く残っていた
  • もともと寒冷な山岳地帯なので気候的にケシの栽培に適していたが、国共内戦で逃げてきた国民党軍がケシ栽培を持ち込む
  • でもって、ビルマ/ミャンマー独立時に少数民族をとりまとめたアウンサン将軍が独立後に暗殺され、少数民族への支配を強化しようとする多数派ビルマ人と少数民族との間で内戦状態に
  • タイやラオス、中国と国境を接するミャンマー北部は反政府勢力の勢力下に
  • 反政府勢力が戦費を稼ぐため、手っ取り早く換金できるアヘン栽培が促進された

というような流れ(のはずだけど自信ない)。少数民族問題による内戦がどれぐらいややこしい状況になっていたかというと、同じく90年代後半を扱った「世界の危険・紛争地帯体験ガイド (講談社SOPHIA BOOKS)」によると・・・

反政府勢力の規模は、誰が数えるかによって大きく異なってくる。下は、一握りの学の有り過ぎるせっかちな難民キャンプの住人、射殺など朝飯前のたちのわるい麻薬密輸業者、古めかしい政党、地域の軍事権力者、考え方はよいのだが装備を持っていない不足などというのから、上は、兵数2万5千以上、機甲部隊も有る装備の整った大規模な武装集団まで有る。民族的には大きく4つのグループに分類され、知られているだけでも67の部族があるが、肥沃な人口密集地に住んでいるビルマ人が多数派民族である。

というカオス。また、「ミャンマーの反政府グループ、非合法政党、反逆者グループ」として挙げられている組織がざっとこんな感じ。

全ビルマ学生民主戦線 (ABSDF)
ビルマ共産党 (BCP)
チン国民戦線 (CNF)
ビルマ民主同盟 (DAB)
カレン解放軍 (KLA)
カレン民族連合解放戦線 (KPULF)
カヤー新国土革命評議会 (KNLRC)
ワ軍マハ派
モン解放戦線 (MLF)
民族民主戦線 (NDF)
ビルマ連邦国民連合政府 (CNGUB)
パーオ・シャン州独立党 (PSSIP)
パウラン国家革命軍 (PSLO)
シャン国革命軍 (SURA)
シャン国軍 (SUA)
パーオ連合組織 (UPO)

まあざっとこういう勢力が、よく言えば群雄割拠、悪く言えば馴れ合い、あるいは北斗の拳のモヒカンヒャッハー状態でひしめき合っていたわけです。っていうかよくまとめたなこんな情報。
ちなみに「世界の危険・紛争地帯体験ガイド (講談社SOPHIA BOOKS)」はこの手の情報が数十ヶ国分まとめられてる労作。冷戦が終わり対テロ戦争が始まるまでの、一見平和だったように見えていた世界のダークサイドを一覧できてオススメ。

世界の危険・紛争地帯体験ガイド (講談社SOPHIA BOOKS)

世界の危険・紛争地帯体験ガイド (講談社SOPHIA BOOKS)

で、「アヘン王国潜入記」の著者である高野氏は、こういう混沌とした「黄金の三角地帯」についてジャーナリストとして興味を覚えますが、地に足の付かない情報を追うことに違和感を覚えます。そして・・・

そうした経験ののちに私が思いついたのは、かなり突飛なことだった。ゴールデン・トライアングル内の村に滞在し、村人と一緒にケシを栽培し、アヘンを収穫してみよう、そのうちにそこに住む人々の暮らしぶりや考えることが自然にわかるにちがいない、というものである。

なんかこー凄い。そしてこの「思いつき」を実現するためにその後4年かけて各勢力の顔役と人脈を作り、遂にワ族を中心としたワ州連合軍の上層部と接触し、滞在取材許可を得る所まで漕ぎ着けます。凄い。
ここまで書いて、上の勢力一覧表にワ州連合軍(UWSA)が入ってないことに気付いたけどまあいいや。

で、著者はワ州の中でもかなり田舎の、日本人や西洋人がこれまで入った事が無いような奥地の村へと腰を落ち着け、ケシの種まきから収穫まで、原住民(ワ族)の村で過ごすことに・・・

取り敢えず、背景情報としてはこんな感じです。

まあ、背景情報とか気にせずに読んでも、如何にして集落の中に溶け込んでいくかとか、集落内の人間模様とか、農作業の様子とか、はたまたケシの収穫後にだぶついたアヘンを吸って中毒になったりといった、秘境体験取材記としてユーモア溢れる素晴らしい内容が詰まっています。


以下、気になった点についてメモ。

中国の影響

もともと、ワ州連合軍は中国の影響を受けたビルマ共産党への軍内クーデータの結果として成立した勢力ですが、だからといって中国と仲が悪い訳ではなく、むしろ経済的にも政治的にも中国との関係が強いことが色々と描かれています。
といいうかもともとワ族は中国南部からミャンマー北部にかけて分布する少数民族だし半数ぐらいは中国側に住んでるので、中国とのつながりが切れるはずがない。
どれぐらいつながりが強いかというと、雲南省から電気買ったり中国製の弾薬使ってたりとかそういうレベルを越えて、中国の公安がワ州の中で行動してるぐらい。

また、当時はワ語が公用語とされていたのか、本書の著者が村の学校で何故か(ワ語ネイティブの子供向けに)ワ語を教えるはめになるという微笑ましいエピソードが紹介されています。また、著者に付いた通訳謙ガイドの人も、(正確さはともかくワ州政府の公式見解である)ワ族の歴史認識や民族的なアイデンティティを熱心に説く人でした。しかし、2011年に書かれた安田峰俊(というか大陸浪人のススメ 〜迷宮旅社別館〜の中の人)「独裁者の教養 (星海社新書)」によると、現在の公用語は中国語になっている模様。また、中国側の関係者から「もうワ州は中国でいいじゃないか」的な発言が出てきたりと色々キナ臭さそう。

独裁者の教養 (星海社新書)

独裁者の教養 (星海社新書)

軍事関連

流石に反政府武装勢力(というか当時は中央政府と共闘してたので親政府武装勢力)だけあって生活の中での軍事色が強く、著者が生活した村では「村長」役とはまた別に「排長」(繁体字では「排长」小隊長)と呼ばれる軍事責任者が居たりと結構生々しい。
反政府勢力の軍人って言うと伝統墨守で頭が硬そうなイメージですが、実際はそうでもなく

ワ州の村において、文明との接触はもっぱら戦争を介して行われる。兵役を通じて他民族と出会ったり、外国語(中国語やシャン語)を覚えたり、ラジカセを聞いたり、テレビを見たり、石鹸で衣服を洗うという習慣が有ることを知るのである。

とのこと。兵役経験者が案外開明主義っていう現象は実は明治初期の日本でも同じような感じで、

日本の軍隊―兵士たちの近代史 (岩波新書)

日本の軍隊―兵士たちの近代史 (岩波新書)

によると特に農村部においては軍隊が近代化の尖兵となった(言語の標準化、洋服の着用、分単位で時間を守るという概念、靴、洋食等)という指摘がされています(時代が下るにつれて近現代化への逆向という面が強さを増していきますが)。

また、村人口の約10%が徴兵されてるという推定や、徴兵経験の無い成人男性がごく少数という記述を読むと、かなり末期戦的な印象です。ただ、農業生産は食用農産物に加えてケシも生産しなければならない(アヘンの現物納税システムなので食用農産物だけを作る訳にはいかない)ものの、食料生産については破綻してなさそうです。つまりは未だ根こそぎ動員っていうところまでは行っていないとも読めます。
前近代社会にどれぐらいの兵役動員能力があるかとか、そういう話と絡めることも出来そう。