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「宇宙の傑作機」シリーズ、「SOYUZ FLIGHT LOG 1967-2011」感想

読書 雑記

冬コミ(C83)にてゲト。

宇宙の傑作機 No.12 「RD-170」

ロシア(旧ソ連)が開発した「伝説的」ロケットエンジンRD-170について。

RD-170系エンジンは、ソビエト連邦にて1958年から始まった二段燃焼サイクルの研究開発が実を結んだ世界最大の推力を発揮する液体ロケットエンジンである。高効率、大推力、高信頼性、自動化、再利用、有人向けというおよそロケットエンジンに要求される全ての要求を叶えるべくして生まれた、究極のエンジンと言ってよい。

(p2 まえがき より)

メンテフリーで10回の再利用が可能という、何というか性能だけが高い特注品ではなく本気で「製品」として完成を目指したように見える凄いエンジン。ただし、開発・試験に使用されたエンジンが約300台というとてつもないリソース(ちなみにスペースシャトルメインエンジンSSMEの試作エンジンが18台とのこと)を消費し、エンジン開発費の見積りが(著者は"大きめの見積りかもしれない"としているが)約一兆円。しかし、エンジン開発だけにこれだけのリソースをつぎ込むというのはソ連ならではというか、冷戦期の悪夢というか・・・・そりゃ経済が破綻するよなあという印象。
今後10~30年ぐらいの打ち上げロケットはこのエンジンと派生技術抜きでは語れなく成りそう。凄い。

宇宙の傑作機 No.18 「NK-15/33」

ロシアの次世代打ち上げロケット「ソユーズ-1」で採用が決まったNK-33系エンジンについてまとめたもの。こちらもNK-15の試作エンジンが199台、NK-33では101台(p42の表による)と、いろいろ桁外れなエンジン。

宇宙の傑作機 No.9 「ヴォスホート宇宙船」

ソ連の有人宇宙船第二シリーズであるヴォスホート宇宙船について。技術的詳細よりむしろコロリョフへの評価の修正という点が興味深い。

宇宙の傑作機 No.17 「長征二号」

長征二号系に関する内容だけではなく、むしろ中国宇宙開発史といった印象。
"大躍進"や文革に振り回された時代のトホホなエピソード(ロケット開発工場で職員の96%が出勤して来なかったとか)、ロケット開発に関わった科学者が気功研究にハマって"法輪功の祖とも言える"人になった黒歴史、射場の選定理由が80年台以前は外交関係を悪化させないために落下物が国内に落ちることを最優先事項としていたものの、近年は

二段目以降はフィリピン上空を飛行することになるが、大国となった中国はもはや近隣諸国に配慮を示していない

という状況だったりという周辺情報が面白い。
また、この辺は著者も強調しているが、1996年の長征三号打ち上げ時の大事故以後、こと信頼性については一皮むけたというか、それ以前とは別物として考えたほうが良さそう。この辺は対中外交関係が上手くいっていない現状ではちょっと背筋が寒くなる話。

「SOYUZ FLIGHT LOG 1967-2011」

米国ではスペースシャトルが退役し、今のところISSへ人員輸送を行うための唯一の足となったソユーズ宇宙船の歴史について。悲劇的な人命事故で終わったソユーズ1号から、2011年12月に打ち上げられたソユーズTMA-03M号まで全てのフライトについて打ち上げ時刻・射点・形式・クルーおよびミッションの概要が描かれている(ただし、プログレス無人補給機は除く)という、いろんな意味で怪物的な一冊。
巻末の「ソユーズ年表」を見ると、1960年代後半から現在までほぼ切れ目なくコンスタントに打ち上げが継続されていて、腐っても宇宙大国ロシアという感じがする。

搭乗者の顔ぶれの移り変わりがまた面白く、冷戦真っ盛りな時代の軍事ミッションや"東側"諸国の搭乗員による同乗ミッション、ソ連崩壊後に当たり前と成る西側搭乗員、ISSへの人員輸送、民間人宇宙旅行者、果ては"マレーシア空軍がSu-30戦闘機を購入する見返りとして"の搭乗者など、60年代以降のソ連-ロシア史を反映した興味深いものになっています。

ソユーズ関連)幻のガチャピンミッションの謎

1998年8月に打ち上げられたソユーズTM-28号に、あのガチャピンが同乗して色々と無重力環境を活かした実験やパフォーマンスを行ったものの、通信回線の不調により地上へ映像を送信することが出来ず、結局お蔵入りとなったというエピソードが紹介されている。

参照: Wikipedia 「ソユーズTM-28」

ただ、この件についてはポンキッキーズ制作元である日本テレワーク社長の野田昌宏氏がSFマガジンに連載していたコラムで、「ガチャピンが打ち上げ時のGで潰れてしまったため、お蔵入りとなってしまった」という文章を読んだ記憶が有る。ただ、実家のSFMを片っ端からひっくり返して調べてみたものの該当する記述は発見できなかったので、記憶違いかもしれない。
しかし、岡田斗司夫・田中公平・山本弘『回収』 | diarismによると

岡田「『ポンキッキーズ』で。相変わらず日本のテレビ局ね、ソ連原文ママ)に金出して行かせるんです。で、宇宙からの中継やるつもりやったんです、ガチャピンがあの恰好で、『わー、僕は今宇宙に来てるよー!』て(笑)」

田中「誰に着させるつもりやったんかねぇ?」

岡田「それがソ連の宇宙飛行士に着させるつもりで、ぬいぐるみ荷物の所に入れてったんですよ。ところがね、打ち上げの発射ショックがすごくて、ガチャピンぺっちゃんこになって(笑)」

山本「Gで(笑)」

という対談が引用されており、Gで潰れて使えなかった説には何かしらのソースが有るはず(野田氏本人の発言や文章では無いかも知れないが)。果たしてオンエア失敗の本当の理由は何だったんだろうか。あるいは複数回ガチャピンミッションが試みられていたのかも・・・・