ドイル「ラッフルズ・ホーの奇蹟」感想

ラッフルズ・ホーの奇蹟 (ドイル傑作集5) (創元推理文庫)

ラッフルズ・ホーの奇蹟 (ドイル傑作集5) (創元推理文庫)

収録作の中で気になったものについて感想。
・「ラッフルズ・ホーの奇蹟」
・「ロスアミゴスの大失策」
当時は「電気」ってのは(最近のSFで言うナノマシンとかと同じ)奇蹟を科学っぽく言いくるめたい時に使える便利タームだったんだなあ。

・「昇降機」
今となっては定番パターンではあるものの、当時はコレで短編一つ書けるぐらいの新しさがあったと思うと時代を感じます。

・「危険!」
粗筋としては・・・

あるヨーロッパの某国(でもあからさまにドイツがモデル)がイギリスと戦争するはめになってしまった。しかし軍事的には絶頂期のイギリスに抗うすべはなく、特に海上戦力は正面から戦えば一撃でひねり潰されるレベル。そこで某国の潜水艦隊の指揮官が取った作戦とは・・・・

といった感じです。1914年作品ですが、数年後のドイツによる無制限潜水艦作戦を彷彿とさせます。特に、潜水艦隊の指揮官が鹵獲した新聞の小麦相場欄を読んで「戦果」を確認する描写がなかなか面白く書けています。

『クーリエ』紙の我々に関する記述はこの程度だったが、別の小さな欄が事実を何よりも能弁に語っていた。

『ロンドンのバルティック商業海運取引所における小麦相場は、開戦前の三十五シリングから昨日は五十二シリングに跳ね上がった。トウモロコシは二十一から三十七へ、大麦は十九から三十五へ、砂糖(海外で精製されたグラニュー糖)は十一シリング三ペンスから一九シリング六ペンスへと、いずれも大幅に値上がりした』

「いいか、諸君!」私は記事を読み終えると乗組員一同へ呼びかけた。「このたった数行が、ブランケンベルク陥落の派手なトップ記事より遥かに意義深いのだ。さあ、直ちに出動だ。取引相場をさらに釣り上げてやろうではないか!」

「経済的に締め上げる」という通商破壊戦の本質を、ここまで小説として面白く書けるというのは流石です。

個人的に気になるのは、この作品が書かれた時期に、潜水艦による通商破壊戦が軍事ドクトリンとして確立していたかどうかという点です。既に確立していたドクトリンを材料に、「大英帝国の危機」を描いてみせるという流れだったのか、それともこの作品の着想がヨーロッパ大陸へ伝わって無制限潜水艦作戦へと発展していったのか・・・・。

「危険!」で描かれている潜水艦戦は、数隻の潜水艦ですらイギリスの体制を崩壊させるだけの威力をもつ物として描かれています。この辺は「戦略爆撃のみで戦争は決する!」と唱えたドゥーエによる戦略爆撃理論を彷彿とさせる感じですが、実際のところ無制限潜水艦作戦が国家体制を崩壊させるまでの威力を発揮することはありませんでした。
例えば、ドイツによる潜水艦作戦は第一次・第二次大戦共に準備不足な状態で実行され、決定的な成果を上げることが出来ないまま、ほぼ制圧されてしまいました。同じく第二次大戦中に日本に対して行われた潜水艦戦や機雷封鎖戦(飢餓作戦)は、戦前の日本から海運能力をほぼ100%奪い去ることに成功しています。ただ、通商破壊だけで日本の国家体制を崩壊させるという性質の作戦ではなく、日本本土への上陸作戦を行うことが前提でした。(いやまあ産業や食料生産はズタボロでしたし、継戦能力もほぼ失われていましたが、そのような状況下ですら国家体制が一気に揺らぐという状況には至っていませんでした)

まあその辺も小説としてのフカしとして個人的には十分許容範囲ですが。