「本当の戦車の戦い方」感想

3.11大震災では、これまでにない大規模な自衛隊の災害派遣が行われ、注目を集めています。
自衛隊が災害派遣で頼りになる理由として、インフラが壊滅した状態で数万人規模の人数を展開できるだけの組織力や後方支援能力が備わっていることが挙げられます。ただ、メディアでは災害派遣という面だけが強調されているために今一ピンと来ないかもしれませんが、本来自衛隊は

自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。

自衛隊法第3条1項(Wikipedia自衛隊法」より)

ための組織です。災害派遣で力を発揮している組織力や後方支援能力も、本来は戦闘のためのものです。もちろん災害派遣や離島への救急ヘリ輸送等も自衛隊の大事な任務の一つですが、本質はやはり戦うための組織です。(人によってはこのような表現にショックを受けるかもしれませんが、自衛隊が実質的な「軍隊」であることは直視すべきです。それを受け入れるかどうかはその人の政治的信条次第でしょうが、自分としては、自衛隊が「軍隊」であることに特に問題を感じません。)

で、今回取り上げるのはこの本。

本当の戦車の戦い方―陸上自衛隊の最前線を描く (光人社NF文庫)

本当の戦車の戦い方―陸上自衛隊の最前線を描く (光人社NF文庫)

著者は元戦車連隊指長。タイトルだけ見ると「戦車の本」っぽいですが、むしろ戦車や自衛隊での過去の苦い経験をネタにして著者の国防感やドクトリンを語るという部分がメインです。
いやまあ、戦車についてフォーカスを当てた部分も結構面白くて、「90式戦車を視察した米軍将校が計器やボタンの数に驚いた」とか「90式戦車が初めて配属されたとき、古参の陸曹がコンピューター用語溢れるマニュアルについていけなかった」とかいろいろと興味深いエピソードが満載です。時期主力戦車と成る10式戦車では、タッチパネルインターフェイスが大幅に導入され、ネットワークによる状況把握(カーナビ画面に自車と味方部隊がディスプレイされる)にくわえて射撃を行うときの照準もタッチパネルとディスプレイを通じて行うとか。

また、途中に戦車戦闘を題材としたシミュレーション小説が挟み込まれてますが、コレも結構面白い。北海道を舞台とした大規模戦闘から南西諸島での対ゲリラコマンド戦闘、中東でのPKFまで、幅広いシチュエーションがカバーされてます。
さらに、今後の自衛隊のあり方についても、高度な技術が必要となるネットワーク中心戦闘に対応するため、将校(幹部)・下士官(曹)・兵(士)という階層を崩す・・・といった非常に大胆な提言がなされていたりします。加えて、西方の離島防衛・上陸部隊の強化と、その部隊を陸上自衛隊ではなく海上自衛隊の指揮下に置くといった部分についても興味深いところです。正直、元陸自の人(しかも戦車連隊長)が書いたとは思えないぐらい斬新です。

ただ、気になる部分がいくつか。

著者は、ネットワーク中心戦闘に対応し、高度な技能を持ち、スピーディーに行動できる陸自を目指しているはずなんですが、何故か徴兵制度(就職が決定した者について一年間服務)の導入も提案してたりします。
普通に考えれば、高度技能を持つ専門職としての軍隊と徴兵制ってのは水と油な気がしますが・・・。特に著者の提案する制度では徴兵対象者の服務期間が一年間と比較的短く、高度技能を持つ専門職集団が毎年やってくる新人(ど素人)の教育に忙殺されるような気がしないでも無いです。
あるいは高度技能を持つ少数精鋭の専門職集団を攻撃の核となる"槍の穂先"とし、徴兵制による(予備役を含む)多数の人員はそれを支える"槍の柄"とする構想なのかもしれません。(例えば、1930年代後半のドイツ機甲部隊が"槍の穂先"となり、徒歩+馬匹輸送の歩兵部隊が"槍の柄"となったような)
ただ、本文中にははっきりと「団体行動、規律心、倫理などを身につける教育期間」「国民教育」「規律とか躾を身につける機会」といった言葉が使われており、どうも徴兵制道徳教育の延長線上に位置付けられてる気が・・・・。
個人的には非常に受け入れ難い考えです。

もう一点。司馬遼太郎氏が旧軍で戦車将校としての訓練を受けていたときの有名なエピソードが引かれています。

「戦車が(北関東から)南下する。大八車が(東京・大阪から)北上してくる。そういう場合の交通整理はどうなっているのか」と司馬氏が大本営から作戦の説明に来た少佐参謀に質問すると、参謀は「轢き殺してゆけ」と答えた。(『歴史と視点』に収録「石鳥居の垢」新潮文庫
参謀は、道路は空っぽという前提で作戦計画を立て、これを説明した。(後略)

これはこれで、旧軍の作戦計画が如何に机上の空論であったか示すエピソードではあるんですが・・・問題は、「本当の戦車の戦い方」に含まれるシミュレーション小説の中にも民間の避難民という要素が欠けてることで。
特に北海道(道北)を舞台としたシチュエーションでは、音威子府浜頓別枝幸といった自治体からの避難民についての想定が抜けてないかと。道北全域からも多くの避難民が出るだろうし、富良野から北上する第74連隊の行軍にも影響が出るはずですが。シミュレーション小説の中では触れられていないだけで、自衛隊の中ではちゃんと交通整理プランが有るんですよね?
もっと言うと、近年、陸上自衛隊では市街地を想定した戦闘訓練が重視されているという記事をどこかで読みましたが、もちろん市街地からの避難民の誘導についてもちゃんと考慮されてるんですよね?
そうでなければ、司馬氏のエッセイで描かれた旧軍の参謀と五十歩百歩ですし。



最後のほうで結構辛いことも書きましたが、やはり将来の陸自のあるべき姿についての主張は説得力があります。(「徴兵制度で国民教育」な部分については保留)

自衛隊に興味のある人は読んどいて損は無いかと。