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「日系アメリカ人の強制収容所問題と朝鮮学校の無償化除外問題の相似について」で気になった点。

ブコメで書ける字数だとどう考えても誤解されそうなので、改めて日記で書いてみる。

日系アメリカ人の強制収容所問題と朝鮮学校の無償化除外問題の相似について - Whoso is not expressly included 日系アメリカ人の強制収容所問題と朝鮮学校の無償化除外問題の相似について - Whoso is not expressly included

取り敢えず、下記の点については同意

  • (a)母国のイメージが民族的マイノリティの扱いに影響を与えたこと。
  • (b)レイシズムと流言が、法的にも軍事的にも妥当性を欠く政治的意思決定を後押ししたこと。
  • (c)マスメディアが前項の重要な手段となったこと。

下記の点については不同意

  • (d)ようするに、民族浄化であったこと。

”マイノリティの存在を認めない”という社会的な文脈が存在するという点には同意。ただし、補助金の有無を語るときに”民族浄化”というキーワードを使ってしまうと陳腐化してしまう恐れがあるんじゃなかろうか?

以上は前置き。これだけであれば別に日記で書くようなことでもないとは思うが・・・日系アメリカ人が戦後再評価されるに至った経緯を語る上で、彼らが「合衆国への忠誠」を示すために血を流し、当時の白人社会(マジョリティ側)から”都合のいいストーリー”として受け入れられたという点を無視して語っては危険だと思う。

「忠誠を流血で示せ!」という主張の成功事例としての日系人部隊

「日系人部隊」と言えば「442連隊」。米本土の日系人強制収容所やハワイから集められた日系人により編成(ただし、司令部は白人将校。また、朝鮮系アメリカ人士官も加わっており、兵士から非常に高い評価を受けていた)され、欧州戦線に投入された。また、徴兵された日系人兵士の全員が442連隊に加わったわけではなく、太平洋戦線で通訳や情報分析に携わった人も多い。ただし、太平洋では直接戦闘に従事しなかったことも付記しておく。

「442連隊」については第二次大戦に関心をもつミリヲタだったら普通は知っているはずだけれど一般的にはマイナーなので、先ずはその説明から。

第442連隊戦闘団 - Wikipedia

まず、冒頭にあるのべ死傷率314%とあるのがどれだけ異常な数字であるのかという点から説明したいと思う。
この数値はパープルハート章(負傷・戦死した場合に授与される勲章)の授与数(9,486)を部隊の定数(3,000)で割ったもの。死傷者が出るとその穴を埋めるために補充が来るけど、さらにまた死傷者が出て補充が・・・という流れで、定数の三倍以上の数字になっている。これは孤島で玉砕した部隊でもあり得ないような非常に高い比率(孤島で玉砕する場合には、大抵の場合には制空・制海権を敵に握られているため、継続的な補充を受けることができない。)であり、実戦参加期間の短さ(1943年9月〜1945年4月)を考慮すると更に異常としか言いようがない。
英語版wikipedia同項目を見ると

The 442nd is commonly reported to have suffered a casualty rate of 314 percent, informally derived from 9,486 Purple Hearts divided by some 3,000 original in-theater personnel. U.S. Army battle reports show the official casualty rate, combining KIA (killed) with MIA (missing) and WIA (wounded and removed from action) totals, is 93%, still uncommonly high.

(強調部は引用者による)
と、オフィシャルな集計方法をとった場合には死傷率93%となる。それでもやはり非常識に高い(still uncommonly high.)。
もちろん、死傷者が多いというだけではなく、その戦歴は高く評価されており「叙勲」の項目にあるように多数の大統領感状をはじめとして、去年10月には議会名誉黄金勲章を授与されている。

まあ、単に立場の弱いマイノリティーとして都合のいいように使い潰されたんじゃ無いの?という疑問は当然有るだろうし、当事者の間でもそういう見方は存在していた様子。ただし、一方では「合衆国への忠誠の証」を立て、差別を打ち破るために犠牲となるという見方も存在する。というかこっちの見方のほうが当事者にとってもメジャー。

ビル・ホソカワは「軽蔑され、差別される少数派としての日系人の地位を、れっきとしたアメリカ人としてすっかり受け入れられるものに変えた最大の要因は、軍服を着た日系人の戦時の犠牲であると言っても良い」と書いているが、それが客観的に見て正当な評価であるか否かは別として、このような感情は、この戦争で犠牲を負った同胞に対する罪の意識に悩まされて来た多くの日系人がごく自然に抱いた感情だったのだろう。

二次大戦下の「アメリカ民主主義」―総力戦の中の自由 (講談社選書メチエ)」p192

「われわれは、いま、二つの戦争を戦っている。一つはアメリカン・デモクラシーのため、もうひとつはアメリカに住む我々に対する偏見との戦いだ。ハワイに於いてさえ(日系人に対する)偏見は存在する」

ゴー・フォー・ブローク!―日系二世兵士たちの戦場 (光人社NF文庫)」 p48より。ちなみに、ハワイでは日系人に対する強制収容は行われていない。また、このような「差別・偏見と戦うための従軍」という主張は当時の黒人運動団体も行っていた。

彼ら(日系人)が著しい社会的上昇をごく短時間のうちに達成したのは、彼らがこの国の戦争に忠実に貢献したことが認められ、かつ強制収容所を出て全国に分散する傾向を強めたため、「アメリカ化」して白人社会への融合がしやすくなったからでもあった。また、同時にそれは戦後の国際情勢の変化にも影響されていた。
(中略)
その「成功」のおかげで日系人は、戦後のアメリカ民主主義が有色人種にも切り開いた上昇の道を自らの努力で昇った「モデル・マイノリティー」と呼ばれるようになった。彼らは、戦後におけるアメリカ民主主義の成功の象徴に仕立て上げられたのである。

二次大戦下の「アメリカ民主主義」―総力戦の中の自由 (講談社選書メチエ)」p212 強調は引用者による。


もちろん、後の日系三世・四世世代になると上記のような「仕立て上げられた」ストーリーへの疑問が出てくる訳だけれど、二世世代にとっては素直に受け入れられるもので有ったらしい。
ともあれ、このような「流血で忠誠を示し、権利を勝ち取る」というストーリーがなければ、戦後の日系アメリカ人の社会的地位や、あるいは80年代以降の強制収容問題への補償についての議論は相当違った展開となっていたと思われる。

日系アメリカ人の強制収容所問題を語る上で気をつけた方がいいと思うこと

個人的には、日系アメリカ人が置かれた上記の上な状況は美談ではなく「歴史の悲劇」として認識しているし、当時ならともかく現代日本で「マイノリティは国家への忠誠を流血で示せ!」という傲慢な論法が通じるとは思わない。そもそもマジョリティ側にそんな事を言うだけの権利は初めから無い。
しかし、日系アメリカ人問題が「忠誠を流血で示せ!」という傲慢な主張の成功事例であることを認識した上で議論を行わないと

「じゃあ日系アメリカ人に習って、忠誠を流血で示せ!」

という論法が出てきかねないと思うし、マスヒステリー的な空気の中でそのような主張が通ってしまうような状況が発生してしまうことは何としても避けねばならないと思う。リンク元にはそういう視点が薄いようだったので、敢えて書いてみた。

付け足し:旧日本軍での民族的マイノリティ出身の軍人・軍属について

この分野、ミリタリー側からもっと研究が出ていてもいいと思うけどなあ。台湾高砂族以外はあまり正面きって取り扱われず。