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履歴書を手書きするカルチャーの原点?を「造船仕官の回想」に見た

読書 雑記

造船士官の回想〈上〉 (新戦史シリーズ)

造船士官の回想〈上〉 (新戦史シリーズ)


造船士官の回想〈下〉 (新戦史シリーズ)

造船士官の回想〈下〉 (新戦史シリーズ)

旧海軍の技術士官(造船・造兵・造機士官)とは普通の士官とは異なり、海軍兵学校ではなく一般大学(ほぼ帝国大学限定だけど)工学部から採用される技術職将校のこと。造船士官といっても単なる造船だけではなく、艦艇の設計、改修作業からサルベージまで艦艇の工学に関わるあらゆる作業に関わる技術エキスパート。著者の場合、大戦末期には航空機の製造までこなしたりする。
産業の裾野が狭かった当時の日本で艦艇のマスプロダクションを実現しようとする著者の奮闘など、読みどころは色々とあるけど、本筋とは別の部分で気になったことをメモ。

中尉の実習の頃、横須賀で潜水艦用の二次電池の工場を見学に行ったとき、そこの主任だった名和造兵大佐から、海軍で仕事に大事なものは習字と作文だよ、と教えられたことがある。
初めはわからなかったその意味が、次第に身に染みてきた。習字というのは、達筆になれというのではない。海軍士官にはずいぶんぞんざいな字を書く男がいて、他人には読めないような字を書く。
(中略)
海軍のような大所帯のコミュニティでは、自分のアイデアで何事かを進めようとすれば、とにかく他人が読めるぐらいの字で、説得力のある文章を書かなければ目的を達することはできないのである。

和文タイプが一般的ではなく、また使い難かった当時は「手書きできれいな字を書ける」ことが、プレゼン能力(言い換えると組織の中で仕事を進めていく能力)に必要不可欠な能力だったんだなあと実感。
いやまあ、頭では理解していたものの、やっぱり当事者の声は重い。

考えてみると自分が小学生の頃にはもう日本語ワープロ専門機(あっという間にPCに駆逐されたけど)が普及していたし、手書きで長文を書かなければならないという局面は高校の頃までの作文ぐらいしか無かった。大学に入ってからのレポートは全部PCで作った(むしろPCで作らないと評価が下がるぐらいの勢いだったし)。就職してからも同じような感じで、わざわざ手書きしなければならない書類というのは通常の業務だとあまり無かったりする。(長文でかつ手書き必須な書類というと始末書や退職願ぐらいだと思うが、幸いにもその手の書類を書くような状況に追い詰められたことは無いので・・・)
また、今では軍隊の世界でも「 WIRED.jp Archives」のように、パワポのプレゼンが当たり前に成ってるようだ。

そんな中で、何故か手書き至上主義が幅を利かせている「履歴書」

「手書きの履歴書」就職に有利は本当か (1/2) : J-CAST会社ウォッチ
Business Media 誠:やはり履歴書は手書きがいいの? 採用担当者はココを見ている

やっぱりコレって、「心がこもった」とか「誠実さが滲み出る」とかいう観念論は後付で、手書き文字の綺麗さがプレゼン能力や事務処理能力に必要不可欠な要素だった頃の名残なんだろうなあ。70〜80年代ぐらいまではまだ合理的な選考基準だったと思うけど、今となってはもう現場で求められる能力とはかけ離れてしまってるような。あるいは、必要性が無くなったからこそ文化として根付いてしまったのかもしれない。
(いや、全ての書類を手書きで書かなければならない職場とかだと、今でも合理的な選考基準だと思うが・・・選考基準が合理的かどうか以前に業務を見なおしたほうが良いだろ常識的に考えて。人事系の書類や手続きは電子化されてないことが多い気がするので「人事部の視点では」合理的な基準なのかもしれない。)