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「暴力装置」発言とか軍隊の政治的中立性の大切さとか

雑記

勢いで書いたんで荒がありそうだが・・・


元々、基地祭で民間人(正確には自衛隊への協力団体)が下記の発言をしたことが問題の始まり。

尖閣諸島沖での中国漁船の衝突事件の対応を取り上げ「一刻も早く菅内閣をぶっつぶして」「民主党政権では国が持たない」とあいさつした。

asahi.com(朝日新聞社):「政治的発言する人、行事に招くな」防衛省、幹部に通達 - 政治 asahi.com(朝日新聞社):「政治的発言する人、行事に招くな」防衛省、幹部に通達 - 政治

騒ぎが大きくなって政治問題化し、やることなすこと常に評価の低いことで定評がある仙谷氏が「自衛隊は暴力装置」と言ったことが何故か問題になってしまい

「自衛隊は暴力装置」仙谷官房長官、撤回し謝罪 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) 「自衛隊は暴力装置」仙谷官房長官、撤回し謝罪 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

何故か「民間人言論統制」とかいうアフォな話にまで発展していった一連のゴタゴタについての感想。

FNNニュース: 「民間の言論統制までする」と批判の北沢防衛相、「自民党もたぶん同じことする」と反論 FNNニュース: 「民間の言論統制までする」と批判の北沢防衛相、「自民党もたぶん同じことする」と反論

そもそも話題の暴力装置って何よ

以下の内容は趣味系ミリヲタ的な理解なので、学術的な厳密さはあんまり気にしてません。言葉の学術的定義については多分誰か他の人が書くだろう。

基本的に、国家は国民から「他人に意図を強制する」自由を奪う。と書くとネガティブに思えてしまうけれど・・・例えば、契約によってある人が他の人の行動を一定の条件で縛ることができるけど、あくまで法の範囲内でのことだし、契約自体を強制することは認められていない。
一定の条件を超えて、あるいは本人の意志に反して何かを強制させようとした場合には、法の名のもとに警察なり行政なりが関与して強制的に止めさせる。この強制させる能力が「暴力」であり、大抵の”普通の”国では、国が警察とか軍とかの「暴力装置」を独占する。
個々の国民に無制限の暴力を許せばモヒカンヒャッハーな世界(いわゆる「自然状態」)に成っちゃうので、個々の国民にとっても大抵の場合には都合が良い。誰かに対して好き勝手に暴力を振るえる世界は、好き勝手に暴力を振るわれる可能性がある世界だからな。

また、「暴力」を国家が独占できない場合・・・例えば町内会が独自の自警団を持ち、国家がそれに対応できるだけの暴力装置を持たない場合を考えてみる。
コレは怖いよ。町内会費の徴収に自警団とか来て、匕首突きつけながら支払いを迫ったり、隣町との境界線にある家を自警団同士が奪いあったり、別の町のゴミ収集所を嫌がらせで放火したりする。
国家が「暴力」を独占できないという状況は、言ってみれば戦国時代な訳だ。当然普通の国民としてはこんなザマに成るよりは国家に暴力を預けてしまったほうが生活しやすい。

首輪をめぐる冒険

まあ、単に国家に暴力を預けてしまうと、国家(政府)は国内向けにやりたい放題できるように成ってしまう。なんで、国民が”選挙”というシステムで国に首輪で鎖をつけるというのが近代民主主義。
つまり、政府は暴力装置に首輪で鎖を付け、暴力装置は国民に首輪で鎖を付け、国民は政府に首輪で鎖を付けるという関係。
もっとも、選挙システムにはまだいろいろと問題もあるし、必ずしも理想論通りにシステムが動くわけではないけれど、まあ「ヒャッハー」世界と圧政との間のバランスとしては今のところ最上なシステム・・・のはず。

軍の政治的中立性とは

しかし、上で説明した”鎖でつながっためくるめく倒錯関係”としての民主主義が成立するには、ひとつだけ重大なお約束がある。

それは暴力装置は国民から選ばれた政府の言う事を厳守すること。
(追記:文民統制とかシビリアンコントロールとかってことです)

「政府が気に入らないから」とか言ってクーデター起こしたりスト起こしたりしてたら暴力装置の一人勝ちになってしまうし、実際にそういう状況に成ってる国も数知れず有る。
もちろん、「自衛隊が組織としてそんなことを狙っている」とかの陰謀論には付き合っていられないし、実際にあり得ないと断言しても良いぐらいだけれど。
また、クーデターまで行かずとも、「国の暴力装置」が「党の暴力装置」となった時点で、上記の倒錯関係が崩れる。旧ソ連や中国に選挙制度があっても民主主義手続きとしての選挙が存在していない(旧ソ連については”存在していなかった”)のは、党が暴力装置を独占しているからだ。
要は、意図とは関係なく「暴力装置」ってのは国家の要石。であるからこそ、軍の政治的中立性を疑われる状況は可能なかぎり避けるべき。(ぶっちゃけ、発端に成ったスピーチの前に、広報の人が一言注意しておけば済んだ)

今回のゴタゴタについて「言論統制」とかセンセーショナルな見出しを付けて騒いでるメディアがあるけど、その「言論の自由」を保証するシステムが上手く動くかどうかの問題が絡んでくる訳で、”民主党が落ち目だから取り敢えず叩いておけ”的な取り上げ方が目立つのは非常に不味い状況だと思う。

個人的には自民党支持だし、憲法第九条を神聖視する論に意味は無いと思っているし、自衛隊は必要な組織であると思うし、今の民主党政権の在り方についてはかなり色々と不満は有る・・・が、今回の問題を短期的な政局問題として安易な民主党叩きに使ってしまうと、後々非常に不味い状況になる可能性が高い。

また、自民党がこのへんにいまいち無自覚なのは以前から余り変わらず。↓の事例なんかも個人的には非常に不愉快で、誘ってくれた人を小一時間問い詰めたりした。

自衛隊法に違反か? 小泉議員が引率した横須賀基地見学会 | AERA-net.jp 自衛隊法に違反か? 小泉議員が引率した横須賀基地見学会 | AERA-net.jp

最後に

はてブコメントで、条件反射的な”民主叩き””仙谷叩き”コメントが余りに多く、麻生政権後期のマスコミによる麻生叩きとレベルが一緒じゃね?とか思ったので書いてみた。後悔はしていない。
あと、石破茂氏が今回の件をどう捉えているのか注目。

続く