能澤 徹「コンピュータの発明」感想

コンピュータの発明

コンピュータの発明

誰しも一度は耳にしたことのある「ABC」や「ENIAC」といった歴史的コンピュータ。本書はそれらの背景や相互に与えた影響を,アーキテクチャの図解と数式を交えながら解く。「IBM 5550」などの開発に携わった筆者はその経験を生かし,合理性を判断基準にコンピュータ史をつむぎ直している。米連邦地裁から世界初のコンピュータとのお墨付きを得たABCを「機械式に近い特殊な計算機」とし,改めてENIACを技術的観点から最初のコンピュータと位置付け直す過程はスリリングでさえある。

超絶面白かったので紹介。

現代的な「コンピュータ」が成立していく過程をエンジニア目線で解説していく本です。いやまあ、コンピュータ史の本は色々とありますが、この本の特徴は徹底した「エンジニア目線」です。わかりやすさを第一とする入門書では「難しすぎる」と省略されがちで、一方で理論の解説を第一とするコンピュータサイエンス系専門書でも「その時代の技術的限界に依存しすぎていて理論の解説としては蛇足」的に省略されがちな、設計・アーキテクチャの面についてかなり突っ込んだ解説がされています。
主な内容としては、バベッジによる差分機関・解析機関から、1950年台のUNIVAC(プログラムが可能で、数学的解析だけではなく文字を扱うことができ、今日的な「コンピュータ産業」が成立する基板となったという位置付け)出現までがカバーされています。
ただまあ、著者はチューリングノイマンといった理論家については結構一刀両断的な評価を下していて、例えば

コンピュータを発明したのはイギリスの天才アラン・テューリングであるという説が数学や人工知能などを好む人たちの間で根強くささやかれている。とりわけ「テューリング・マシーン」「万能テューリング・マシーン」であるとか「すべのコンピュータは数学的にテューリング・マシーンに等価である」とかいった言葉を持ち出されると、なんとなく信憑性があるように思えてくるし、バベッジENIACなどの話を知らなければ、そんなものかと思ってしまうような気がする。(p88)

とか

こう見てみると、ノイマンの特徴は情報への間き耳の速さと、その組合せ応用にあったのではないかと思えてならない。その道で地道に新分野を開拓するような遅しい創造力を持った人物とは見えないのである。ノイマンノーベル賞フィールズ賞も授与されなかったことは、端的にこのことを物語っていると思う。(p335)

とまあこんな感じで、読んでて「うわぁ煽る煽る」と思ってしまいます。とは言え、無用に煽ってる訳ではなくて

エンジニアリングの基本は「物を作って何ぼの世界であり、作り出された物を見て評価を与えるのが基本であるように思う。
このような観点から、最も驚嘆に値するのがチャールズ・バベッジであり、もし解析エンジンを作動にまで導いていれば、間違いなく天才として後世に語り継がれた筈である。作動までは行かなかったが、その論文から読み取れる思考は本質をついた本物であり、先駆者としての格調の高いものである
(p335)

(中略)

多分こうした人々が本当のエンジエアリングを支え、発展させてきたのであって、歴史はこれらの人々に正しい評価を与える必要があろうと思っている。(p335)

と、その時代の技術的制約に縛られつつ、それでも理論を現実のモノとして形作っていったエンジニアを評価すべきであるという強い思いに裏打ちされたものとして捉えるべきかと。
あと、単に理論を軽視した本では無いです。例えば群論についてかなり突っ込んだ解説が書かれていますし、チューリングマシンについても詳細な解説を行った上でソフトウェア工学上の貢献については高く評価し、その上で現実の「コンピュータ・アーキテクチャ」とはあまり関連してないという見方を取ってます。プロジェクトX的な「理論軽視・現場の技術礼賛」本ではなく、理論は理論として重視しつつ、エンジニアリング視点から見てどうよ?っていう書き方です。

SF者向けとして

SFモノやスチームパンカー向けとしては、バベッジの差分機関・解析機関についての解説は必読ですよ。ハードウェアやアーキテクチャについての解説だけではなく、エンジニアとしての思考の過程を追うことで「何故、バベッジは差分機関を放り出して解析機関の開発を行った(行わざる得なかったのか)」という疑問への説明がされてたりします。
あと、50年台SFに出てくる「真空管満載の巨大コンピュータ」がどのようなシロモノであったのか、感覚的に理解するための資料としてもお勧め。

まとめ

まあ、「これ一冊でコンピュータ史の全てが分かる」系の本ではないです。この本だけでコンピュータ史を理解しようとしたらかなり偏った理解になると思います。また、文章もこなれてないし、読み流すにはきつい内容です。

………しかし、それらの欠点が問題に成らないほどの濃ゆい情報と独自の視点が詰まっている面白い「尖った」本です。読んで損無し。

古書店との遭遇(その2)

ということで前回の古書店にまた行ってきたので戦果報告。

遙かなる地球の歌 (ハヤカワ文庫SF)

遙かなる地球の歌 (ハヤカワ文庫SF)

500円で入手。現在のamazon最低価格154円。
いつの間にかKindle版が出ていたことに驚き。

マッド・サイエンス入門 (新潮文庫)

マッド・サイエンス入門 (新潮文庫)


500円で入手。現在のamazon最低価格15円。イラストは吾妻ひでお


日の丸アワー―対米謀略放送物語 (1979年) (中公新書)

日の丸アワー―対米謀略放送物語 (1979年) (中公新書)


500円で入手。現在のamazon最低価格2,495円。かなり状態が良かった。
プロパガンダ戦史 (中公新書)の著者による、戦時中の対米プロパガンダ放送記。いやー、まさかふらっと入った古書店で見つかるとは。

古書店との遭遇

仕事で全然関係無い部署が何か大炎上をやらかし、その絡みで何故か自分が数週間限定で外部常駐することになってしまいました(初体験)。
で、昼休みに常駐先企業の周りをぶらついてると、何か一見微妙な感じの古書店を発見。タバコ販売と兼業というかかなりタバコの方を全面に押し出してるようで、品揃えに期待せずに入ってみたところ・・・

思わず「うぉ」とつぶやいてしまうぐらい何故か文庫SF系が異常に充実してました。いや神保町のSF専門古書店とかでもないのに何故ここまでSFが充実してるのか、わけがわからないよといいつつ昼飯も食わずに古書あさり。ということで、収穫報告


星々の海をこえて (ハヤカワ文庫SF)

星々の海をこえて (ハヤカワ文庫SF)


500円で入手。現在のamazon最低価格127円。
元々持っていたんですがボロボロになっていたので再購入。


時空と大河のほとり (ハヤカワ文庫SF)

時空と大河のほとり (ハヤカワ文庫SF)


500円で入手。現在のamazon最低価格1円。
同じく元々持っていたんですがボロボロになっていたので再購入。



400円で入手。現在のamazon最低価格1円。


アレフの彼方 (ハヤカワ文庫 SF (591))

アレフの彼方 (ハヤカワ文庫 SF (591))


400円で入手。現在のamazon最低価格1円。


時のはざま (1977年) (ハヤカワ文庫―SF)

時のはざま (1977年) (ハヤカワ文庫―SF)


400円で入手。現在のamazon最低価格214円。



400円で入手。現在のamazon最低価格380円。



500円で入手。現在のamazon最低価格220円。


地球は空地でいっぱい (ハヤカワ文庫SF)

地球は空地でいっぱい (ハヤカワ文庫SF)


500円で入手。現在のamazon最低価格250円。


神々自身 (ハヤカワ文庫SF)

神々自身 (ハヤカワ文庫SF)


500円で入手。現在のamazon最低価格67円。


夢の丘 (創元推理文庫 (510‐2))

夢の丘 (創元推理文庫 (510‐2))


500円で入手。現在のamazon最低価格675円。
お、amazon価格(送料除く)よかリーズナブルだった。しかし、最近の創元推理文庫はさっくり復刊しそう感。


鉄の夢 (ハヤカワ文庫SF)

鉄の夢 (ハヤカワ文庫SF)


500円で入手。現在のamazon最低価格699円。
1940年代の米国でSF作家として活躍したドイツ系移民、アドルフ・ヒトラー。彼によって晩年に書かれたカルト的作品『鉤十字の帝王』(史実でヒトラーとNSDAPが目指したことが、ほぼそのまま書かれてる)と、その内容についての大学教授による解説、さらにその解説から見えてくる平行世界の現在・・・という多層構造入れ子物語。


オッド・ジョン (ハヤカワ文庫 SF 221)

オッド・ジョン (ハヤカワ文庫 SF 221)


500円で入手。現在のamazon最低価格500円。


ハイーライズ (ハヤカワ文庫 SF 377)

ハイーライズ (ハヤカワ文庫 SF 377)


1500円で入手。現在のamazon最低価格1350円。



全般的にamazonでの額面価格のほうが安いものの、送料や本の状態をその場で確認できるということも考えれば、まあお得だったんじゃなかろうか。

個人的におすすめなSF短編十選

何故かはてなでSF作品ランキングブームらしいので、このビッグウェーブに乗ってみる。

読んでないとヤバイ(?)ってレベルの名作SF小説10選 - デマこいてんじゃねえ! 読んでないとヤバイ(?)ってレベルの名作SF小説10選 - デマこいてんじゃねえ!

読んでおくと良いかも知れない名作SF小説8選 - あざなえるなわのごとし 読んでおくと良いかも知れない名作SF小説8選 - あざなえるなわのごとし

おすすめSF小説15選 - ここにいないのは おすすめSF小説15選 - ここにいないのは

読んでなくてもヤバくない名作?SF小説10選 - novtan別館 読んでなくてもヤバくない名作?SF小説10選 - novtan別館

お勧めSFは,結局「好み」と「時代性」が大きく左右する - カレーなる辛口Javaな転職日記 お勧めSFは,結局「好み」と「時代性」が大きく左右する - カレーなる辛口Javaな転職日記


まあ、今更長編SF作品挙げてもN番煎じだし、個人的には中短編こそSFの華と思ってるんで、中短編SFのオススメを紹介。選考基準?自分が過去に読んで印象深かったものというだけです。
特にランキングとかしてる訳でもないので順不同。

誰得? 俺得。

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横山信義「宇宙戦争1945」感想

宇宙戦争1945 (朝日ノベルズ)

宇宙戦争1945 (朝日ノベルズ)


一巻、二巻の感想はこちら

「火星人」(という呼称は正確ではなく、実は太陽系外から来ているらしい)がボルネオ島に建造していた「司令部」らしき施設は、太陽系外からやってくる大規模船団(侵略本隊)を減速させるための大出力レーザー発振機であることが判明。これまで地球にやってきていた前衛部隊の「火星人」にすら苦戦しているのに本隊が降下してくれば抵抗は絶望的。侵略本隊の減速が十分でないうちにレーザー発振器を撃破することが叶わねば、地球に明日はない・・・

ということで、タイムリミット付きで決戦を強いられる理由や、ヨーロッパ諸国も自国の防衛より決戦に戦力を割かざるをえない理由が上手いこと説明できていて中々面白いです。
また、戦闘描写もリトヴァクバルクホルン加藤黒江ルーデルがタッグを組んで、恐るべき火星マシンと対決というあたりは上手い。

とは言え、不満な点もいくつか有って。以下は微妙にネタバレが入った小言モード。

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17世紀日英コンテンツ(ただし性的な意味で)貿易始末記

江戸の英吉利熱 (講談社選書メチエ (352))」に17世紀の日本と英国との間で行われていた貿易について面白いエピソードが紹介されていたのでメモしてみる。

江戸の英吉利熱 (講談社選書メチエ (352))

江戸の英吉利熱 (講談社選書メチエ (352))

江戸時代に行われた日本と欧州との貿易というと、長崎 出島に限定されたオランダとの貿易が思い浮かびます。しかし、17世紀の初頭、まだ鎖国政策が完全に固まっていない時期にはポルトガルやイギリスとの交易も行われていました。
特にイギリスは江戸幕府が敵視していたカソリックと対立するプロテスタント系国家であり、またウィリアム・アダムス(三浦按針)が徳川幕府から高い信頼を得ていたことから、対日貿易を行うために有利な立場であり、平戸(現長崎県)に商館を作ってたりします。

イギリス商館 - Wikipedia

さて、まだ平戸のイギリス商館が開いていた頃、イギリス(東インド会社)の対日貿易責任者であるジョン・セーリス司令官が平戸へやってきます。このとき彼は長い航海の無聊を慰めるために、船長室に"非常に猥雑な"「ヴィーナスの誕生」をモチーフとした絵画を飾っていました。今で言うと、エロピンナップ貼り付けてるようなもんですな。で、それを船を訪れた日本人に見せびらかしたっぽい(この変態紳士が!)。どうもそのときの日本人の食いつき具合が良かったのかどうなのか、彼は東インド会社へある提案をします。


「猥雑な絵を何点か、そして地上と海上の戦いの場面を描いた絵を何点か送るべきだ。サイズは大きければ大きいほど良い」

つまりは

        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
        | アパム!アパム!エロ!虹エロ持ってこい!アパーーーム!  
        \_____  ________________  
                 ∨  
                       / ̄ ̄ \ タマナシ  
       /\     _. /  ̄ ̄\  |_____.|     / ̄\  
      /| ̄ ̄|\/_ ヽ |____ |∩(・∀・;||┘  | ̄ ̄| ̄ ̄|  
    / ̄ ̄| ̄ ̄| ̄|  (´д`; ||┘ _ユ_II___ | ̄| ̄ ̄| ̄ ̄|  
    / ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄|( ” つつ[三≡_[----─゚   ̄| ̄ ̄| ̄ ̄|  
   / ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄| ⌒\⌒\  ||  / ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄|  
  / ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄] \_)_)..||| | ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄| ̄ ̄

ってことですな。しかし、エロとバイオレンスってのは現代のコンテンツ業界の王道でもある訳で、セーリスさんは中々やり手と言えなくもない(単なる変態紳士な気もするけど)。
一方、当時の東インド会社は日本でイギリスの主力製品である毛織物製品が売れず、対日貿易に行き詰まってました。そのせいなのかどうなのか、この提案をマトモに取り上げ、セーリスのもとへ以下の絵画を送付します。

  • 『ヴィーナスとアドニス』
  • 『二人のサチュロス』
  • 『ヴィーナスとキューピッド』
  • 『ヴィーナス、バッカスとセレス』(これだけコメントが付いてて「非常に写術的」だそうな)
  • 『ヴィーナスへの献上』

ちなみにこのへんのギリシャ・ローマ神話を題材としたエロコンテンツ(こうした絵画は「エロティカ」と呼ばれていた)は、当時は

「これはエロでは無い!芸術である!」

ということでイギリスの上流階級社会的にOKだったらしい。そういや「猥雑か芸術か」ってのは一頃の日本でも問題になったな。そして、結構な値段を付けられたこれらの絵画は、イギリスの対日貿易物品としては珍しく完売。「江戸の英吉利熱」ではこれを評して曰く

船室にエロティカを飾っていたイギリス人司令官はセーリスだけでは無かったはずだが、海外にエロティカの市場があると声高らかに訴えたのは彼一人であろう。こうしてセーリスは日本にエロティカを輸出するきっかけを作ったのだ。しかも売れた。地理的にも非常に遠く、全く違った文化での初めてのマーケティングが成功したのだから、こうした絵画の販売についていえば、セーリスは会社の誇るべき営業マンである。

ところが、そこでメデタシメデタシと行かないのが世の常。エロコンテンツ貿易に賭けて成功したセーリスさんは、日本からとんでも無いものを持ち帰ります。それは「枕絵」。私物の荷物としてロンドンへ持ち帰り、周囲の人達に見せびらかしてたらしいです。

あーいや「枕絵」っていっても二次元キャラの枕カバー絵って訳ではなく、いわゆる「春画」です。「エロティカ」と違ってド直球なエロコンテンツ。しかもエロティカの場合、「アレは神話だから恥ずかしくないもん!」と主張できるけど、春画の場合はもう弁解の余地がない直球描写が色々あって大スキャンダルになります。どんだけスキャンダルかというと、英語版WikipediaのJohn Sarisの項

Saris essentially fell in disgrace upon his return to England when he showed around a collection of erotic Japanese paintings (shunga) he had gathered during his stay in Japan.

(セーリスは英国への帰還後に、日本滞在中に収集したエロティックな日本の絵画(春画)を周囲へ見せたことで、どうしようもない不興を買った)
と書かれるぐらいスキャンダル。当時大事件だったらしい。今で言ったら、やり手の商社マン重役とか公団幹部とかがファイル共有ソフトでエロコンテンツをうpし放題とかそんな感じかと。しかし、エロ画像見せびらかしたことが400年後になお言及されるってのも色々と凄い話ではある。

結局、セーリスの春画コレクションは会社命令により全て焼却処分となり、このときに日本から持ち帰られた初期の枕絵・春画群は全て消滅してしまいました(ちなみに、17世紀初期の春画は日本でも残っているものは少ないとのこと)。
一方、セーリスが日本へ売った「エロティカ」の数々も、現在は行方不明とのこと。


その後、1620年に三浦按針が死去し、幕府の鎖国政策が強化され、さらにイギリス人が持ち込んでいた主力製品(毛織物)が売れないという状態となり、平戸のイギリス商館は結局わずか10年と少しの期間で閉鎖されてしまいます。


しかし、もうちょっとセーリスさんがもうちょっと上手く虹画像を配布していれば(たとえば上流階級へ裏で販売して社会的な根回ししておくとか)、17世紀以降も日英を結ぶ(エロ)コンテンツ貿易が成立していたかも知れません。そうなればヨーロッパ絵画への影響も史実より早く出ていたでしょうし、日本側としてもイギリスとの国交が細々とではあれ続いていたとしたら、幕末の展開もまた違うものに成っていたかもしれません。


まあ、毛織物製品が売れなければ結局商売として存続は難しく、史実の流れは変わらない気もしますが、しかしそれを言うなら出島のオランダ商館も基本は赤字経営(商館関係者は脇荷貿易で儲かっていたので貿易は継続。あと当時の銅は国家的戦略物資とされていたらしく、多少赤字でも日本から入手したいという思惑も有ったとどこかで読んだ覚えあり)だったらしいんでなんとも言えず。

まあ、エロコンテンツが歴史を変えたかもしれない可能性を妄想するのも楽しいもんです。おわり。

永井荷風「あめりか物語」感想

あめりか物語

あめりか物語

この作品は1903~07年(明治36~40年)の4年間、荷風が渡米したときの旅行記ともいえる短編集。そこに移民として、あるいは会社員、留学生として暮らした日本人を中心として、当時のアメリカ社会の一断面が、鮮やかに描きだされている。明治41年、発表と同時に大きな話題となり、荷風の名を有名にした処女作。「ふらんす物語」と姉妹編をなす。

1903年(明治36年)に留学生として米国へ渡り、その後同地で邦銀へ就職した経験をもとにして描かれた短編小説・エッセイ集です。荷風が米国をどう見ていたのか・・・というよりも当時の読者がどのような米国像を持ち、を受け入れたのかと想像してみると中々面白い感じです(ちなみに、荷風自身はあんまり米国へ行く気はなくフランス行きの踏み台と見なしていたらしいですが)。

たとえば冒頭の「船室余話」(kindle版のサンプルで読めます)、米国へ渡航する途中の二人の人物が描かれていますが、そのうち一人の渡米理由はこんな感じ。

彼は最初或る学校を卒業した後、直様会社員となって、意気揚々と豪州の地へ赴いたのである。そして久振りに故郷の日本へ戻ってきたが、満々たる胸中の得意というものは出立した時の比ではない。旧友の歓迎会を始めとして、彼は至る所、合う人毎に、大陸の文明、世界の商業を説きかつ称賛した。豆のような小さい島国の社会は、必ず自分を重く用いてくれるに違いないと深く信じて疑わなかった。
(略)
しかし柳田くんは、なお全く絶望してしまいはせぬ。苦痛の反動として、以前よりもいっそう過激に島国の天地を罵倒し始めた。そして再び海外への旅の愉快を試みようと決心したのである。

まあ、こういう人はネットでもよく見ますが、どうも明治30年代から存在していた模様

また、もう一人の渡米理由は「"社内の改革に遇って解雇されることとなった"けど、妻の実家に金銭的な余裕があるし、米国で学位を取って一発逆転するぜ!!」といった感じです。現代風に言うと

「会社をリストラされたけど退職金使って米国でMBAを取得して一発逆転!!」

的な。ていうかとても明治30年代に見えないというか、逆に当時からこの辺の事情は全然変わってないんじゃないか疑惑がふつふつと湧いてきます。まあ、実在の人物あるいは理由とは限りませんが、当時の読者から見てこういう人物像が不自然なものでは無いと受け取られていたのは確かです。

この本では米国は、伝統から切り離された開放感、開かれた人間関係、あけっぴろげな自由恋愛、摩天楼そびえる大都会、垢抜けた都市生活・・・といった輝くような側面と同時に、事業に失敗して身を持ち崩した底辺の日本人移民や享楽的な中にも不安感漂う売春宿の描写などの暗い側面も合わせて描かれています。これは憶測ですが、この作品の米国生活描写はもう少し後の大正期に流行する「モガ・モボ」風俗に凄い影響を与えたんじゃないかという気が。
てか売春宿を扱った小説とか読んだ明治のおとーさん達はやっぱり「けしからん!(もっと書きたまえ!!)」的な感じに読んでたんですかね。

しかしまあ、現代から見て違和感を感じる部分もあって、なんというか荷風の書く米国模様ってどことなく『田舎から都会へ出た人が故郷へ「都会ってこういう凄いところだ」と語る』ような雰囲気があるんですよね。明治30年代ってそれこそ"海外へ行くこと"そのものが希少価値でありステータスであったので、時代背景的には当然といえば当然なんですが、流石に現代の米国に対してこういう眼差しを向ける人はまず居ないような・・・「米国」じゃなくて「シリコンバレー」だと結構居るな。